「最近、番衝動が強くないか?」
「……ああ、分かる。落ち着かないんだ」
そんな声があちらこちらで聞こえる。
最近妙に獣人たちの様子がおかしい。
曰く、普段なら抑えられる衝動でも抑えきることができない。
呼吸が荒くなって、ほんの些細な刺激で、理性が揺らぐのだそう。
そして――。
「また暴走者だ!!」
「取り押さえろ!!」
頻発する番衝動の暴走は、確実に増えていた。
「……悪化しています」
カイルが眉を顰め、唸るように言った。
私は執務室の窓辺に立ち、外を眺めながら報告を聞く。
ここからでも分かる黒煙と喧騒。
こうしている今も、町では大騒ぎになっているのでしょうね。
屋敷の人間も例にもれず衝動が強くなっていたけれど、私がすぐに治癒の力で衝動を鎮めることができたから事なきを得た。
一度衝動を鎮めてからというもの、使用人たちの態度が一変したのは不幸中の幸いで、今ではしっかりと私に仕えてくれている。
だけど……問題は町。
「いくら番衝動の強くなる時期とはいえ、こんなにもたくさんの人が一斉に暴走し始めるなんておかしいわ。発情期以外に、原因があるとみるのが妥当ね」
「クリスティ様は、既に原因に心当たりがおありのようですね」
すっかり私の過保護護衛が板についたカイルは、もう私の表情や態度一つでいろんなことがわかってしまうようで困る。
私は苦笑いしてから「えぇ、あるわね」とカイルの方を振り返った。
「でも、果たして彼が彼女を手放すかどうか……」
「……ルシアン国王の番、ですね?」
それは問いではなく、確認。
カイルもうすうす気づいていたのだろう、私の表情をうかがいながらそう口にした。
「えぇ、そうね。……彼女、“無理をしてる”もの」
「無理……?」
「本来流れていないものを、無理やり流してる感じ」
何て言うのが正解なのかが私にもわからないけれど、彼女の中の魔力は確かに私には感じ取れていて、おおよそそれが何なのかも想像がついていた。
それはきっと、とてつもない魔力とコントロールが必要なのだけれど……それを彼女は、無理矢理し続けている。
だけど所詮は不自然な魔力濃度と、それを維持するための過剰な力だ。
「長くは持たないわ」
「……では……」
カイルの声に緊張の色が含まれ、志津香に続けた。
「あの番諸共、この国も崩壊する、と?」
さすが、察しが良い。
私は表情を変えることなく頷いた。
「……ええ。……盛大に、ね」
そしてまた、街のあちこちで、悲鳴が木霊する。
「う、ああああああ!!」
「やめろ!! 落ち着け!!」
「無理だ、抑えきれない!!」
「国からの応援はまだか!?」
連鎖する暴走。
一人ではない。二人でもない。
十人、二十人――いや、それ以上かしら。
街全体が、狂い始めているのがここにいてもわかる。
理性が溶けて本能が剥き出しになったそれは、獣そのもの。
そしてそれは、ただの衝動なんてものじゃない。
「“大災害”だわ……」
それも、人為的な。
「カイル。町に行くわ。一緒に来てくれる?」
私が傍にかけていた外套を羽織ると、カイルは胸に手を当て、背筋を伸ばしてこう言った。
「どこまでも、おともしましょう」



