ここのところ、臣下からの番衝動についての訴えが連日寄せられている。
曰く、ここ最近の番衝動が強すぎて暴走する者が多発しているのだとか。
番を見つけている俺にはわからないことだが、既に死傷者も出ているという。
重鎮たちも事態を重く受け止めているようで、俺はリリィとの時間を削ってまで報告を聞かねばならない。
全く、面倒なことだ。
「一時的なものだろう。特に今は獣人族にとっては発情期に値する時期。番を欲する衝動が強まっているのは毎年の事だろうに。じきに収まる。放っておけ」
番を見つけていない獣人族にとって最も耐えねばならぬ時期──発情期。
俺のように番を見つけているものは関係ないが、番のない者にとっては番を欲するその強い衝動に耐えなければならず、時にはその衝動が暴走し、ものを破壊したり他者を傷つけたり、死傷者を出すこともある。
それでも番ではなくとも結婚しているものであれば、多少は互いが互いにその心の渇きを潤してやることもできるが、そうでないものにとっては……地獄だ。
ふと隣に座らせているリリィに視線を移せば、彼女はいつも通り、愛らしい微笑みを浮かべていた。
あの時リリィに出逢っていなければ、彼女が番でなければ、俺もその地獄に耐えねばならなかったのだから、俺は神に感謝しなければならないな。
「ええ。皆、少し気が昂っているだけですわ。もともとそういう時期なんですもの、時が過ぎるのをのんびりと待ちましょう」
柔らかい声。
甘く、包み込むようなそれが、周囲の臣下たちを安心に導く。
俺にはこの素晴らしい番であるリリィがいる。
愛らしい俺のリリィ。
そう、リリィという番がいるんだ。
だから────大丈夫だ。
まるで呪文のようにそう唱えて、ふと、俺は思考を止めた。
…………あれ?
妙なひっかかりが、胸の中にあるのを感じる。
これはいったい……。
「ね、ルシアン様。大したことではありませんでしょう?」
そう言ってリリィは俺にその愛らしい微笑を向ける。
あぁそうだ。大したことはない。
いずれおさまることに力を尽くすよりも、リリィとの時間を過ごした方がよっぽど有意義で大切なことだ。
そう、だからこれでいいんだ。
「……あぁ。そうだな。リリィの言うとおりだ。大したことはない、すぐに収まる」
そう、ぼんやりと繰り返す。
リリィの言葉がすべて。
リリィの存在が、笑顔が、全ての真実。
なのになぜ──。
「愛しいリリィ」
なぜあの女が……仮初めの妻が、脳裏にちらついて離れない────?



