猫かぶり君の、愛しい沼男君

 近所の神社に初詣に行った。
 普段は閑散としているのに、年越しになると人が増えてお参りする列ができていた。列に並んで藤野と話していたら列はすぐに進んだ。
 「どうか、佐伯君が受かりますように」
 藤野はそう言って、手を合わせている。
 「どうか、藤野が受かりますように」
 藤野はちょっと困った顔をして、「自分のことを祈ろうよ」と返してくる。
 「いや、それ人のこと言えないから」と俺が笑うと、藤野は今さら気づいたみたいに顔をほころばせた。

 藤野が祈ってくれたおかげか、共通テストの手ごたえは上々だった。結果は二月の初めに出る。
 合格発表を一緒に見る約束をしていたので、藤野の家に行った。
 なぜかチャイムを鳴らしても出てこない。何かあったのかと、あわてて部屋に入ると藤野の様子がおかしかった。
 「え? まじでどうした? 藤野」
 心配で顔を覗き込むと、藤野の目が困ったように揺れて、真っ赤な顔でこちらを見る。
 え? なんだこの反応。
 「世の中にはね。いろんな愛があるらしいんだ」
 藤野の口から愛って言葉が出てきて固まる。どうした、藤野。


 『合格』
 二人で見た画面には、しっかりとそう表示された。いつも通り、藤野にギュッと抱き着くと、背中に腕が回る。遠慮なく力を籠めると、藤野の肩が跳ねた。

 あれ? ほんとにいつもと違う。

 藤野の家を出て、学校に向かっていると三好から白石が一足先に、合格したと報告があった。おめでとうと三つスタンプを押して返す。

 ふと思い立って、今日の藤野の様子がおかしかったことを伝えると。
 舌をペロッと出したキャラクターがごめんと言っているスタンプが返ってくる。
 「は?」
 するとすぐに、電話がかかってきた。
 『あ、佐伯? 藤野に彼ピとチューしてるとこ見られちゃった』
 『え? 白石と?』
 『気になるとこそこ?……両方とだよ?』
 電話の向こうで三好が笑っている。
 『とにかくまあ、藤野は今日、いろんな愛の存在を知ったんだ』
 『え?』
 『そういうことだから……』
 三好の電話は唐突に切れた。そういうことってどういうことだよ。
 でもじゃあ、さっきの藤野の反応って……俺を意識してたってことで合ってるんだろうか。学校に行く足を止めて、藤野の家に行こうかと振り返る。だが、変に聞き出そうとすれば、こじれそうで怖い。
 その場でうずくまって考えたが、答えは出なかった。
 何とか立ち直って、学校に向かった。今日、俺は大学に合格した。そういう日なのに。三好に落とされた爆弾が衝撃的過ぎて吹っ飛ばされそうになった。


 時間が開けば開くほどに、何も言い出せないまま、次の日を迎えた。
 藤野はもういつも通りだった。この反応は知っている……処理しきれなくて心の未処理ボックスにいったんしまって距離を置こうとしてるやつだ。これは防衛本能だから、よけい何か言いだすのは悪手だ。それに、今は受験に集中すべきだし。
 俺は藤野を問いただすことはやめた。それからはいつも通り、受験勉強に集中した。

 ルームシェアする家を探していると、叔父から部屋を使わないかと連絡が来た。
 立地も広さも申し分なく、家賃も相場よりずいぶん安く貸してくれることになった。藤野のおばあちゃんにその報告をすると、ありがとうと拝まれてしまった。
 俺のほうこそ、二人で暮らす許可を出してくれてありがとうだ。

 さっそくカギを送ってもらって行ってみると、駅から近く。きれいな建物だった。預かった鍵で中に入ると、叔父がきれいに使っていたらしく。ぴかぴかだった。

 「キッチンきれいすぎるだろ。これ絶対使ってなかったな」
 顔が映りそうなほどピカピカなシンクを見て苦笑した。ここで藤野と料理を作る妄想で、にやけつつ。一通り部屋をチェックしていく。個室は六畳、少し狭いがその方がリビングに出てくる理由になるかもしれない。

 「今すぐにでも住めそうだ」
 と、独り言をつぶやいてにんまりと笑った。ああ、そう言えば、藤野は一般試験の日、どうするんだろうと思った。ここに泊まればホテル代が浮くのに……これは名案だと藤野にメッセージを送った。

 ひとあし先に、ここで藤野と二人で過ごせちゃうな。ならそれまでに完璧に準備をしないと。ああ、藤野って部屋も小物もほとんど、オレンジ系だから、カーテンはオレンジにしよう。あの前衛的なポートフォリオはきっと、藤野を驚かせるから片付けよう。癒しと言えば緑だよな。観葉植物は増やしておこう。なんて、藤野に合わせて改善点を上げていく。

 俺、今、巣作りしてる。

 ちょっとおかしさがこみ上げて、ニヤつきが止まらない。

 計画が決まれば買い出しだ。
 ふと思い立って座布団を探した。藤野んちにあるような綿の詰まった四角い奴。
 だけど、それだけは、家具量販店でも、ホームセンターでも見つからなかった。最終的に藤野の家の座布団と似たものを見つけたのは、商店街の一角、ふとん屋の軒先だった。
 今はだいぶ使い込んでしまったけど、藤野の家に行くといつもあの座布団に座っていた。いつ行ってもふかふかにしてくれていて。歓迎されているようでうれしかった。
 俺はその座布団を手に取ると、レジに向かう。
 紺色のかすり柄、何の変哲もない座布団。なぜかこれが買えたことがうれしくてたまらなかった。