受験は団体戦だって言っている先生の言葉を僕らは皆、自然と理解する。同じように頑張っているクラスメイトを見ると自分も頑張らなきゃなって思えた。
教室内ではもう、休み時間に遊んでいる人はいなかった。皆、参考書や、教科書を出して、ペンを必死に走らせている。それに奮起させられて、僕も参考書を開いていた。僕の席の周りには、三好君たちや、佐伯君も集まって勉強している。キリがいいところで手を止めると、ふいに三好君と目が合う。
「そういえば、三好君は進路どうするの?」
三好君は肩をすくめて、他の二人を見る。
「うん、オレはI大医学部を目指してる」
それは国立の難関校と言われている大学だった。僕はペンを置いて、白石君、森川君にも話を聞いてみた。二人とも医療系の大学だった。将来は技師になりたいそうだ。
「そっか、みんな、すごいね。なりたいものがあって」
すると、三好君は首を振った。
「いや、なりたいものは入ってから決める。だって、医者って言っても外科もあれば内科もある……自分に何が向いてるかなんて、まだわからないからな。それでも、医者になりたい」
そっか。なんだか新鮮だった。三好君の発想はとても柔軟だし、将来を大きく捉えた上で進む覚悟も持っている。なんだか、ちょっと羨ましいと思った。僕ももっと大きく考えていいんじゃないか、そんな風に思えた。
「なんか……聞いてよかったよ。僕今初めていうけど、教師になりたいかも」
佐伯君が僕を見て、目を見開いていた。その表情があまりにも嬉しそうで戸惑った。
「たぶん、そうなると思ってた」
三好君は意味深に笑って、またノートにペンを走らせ始めた。
初めて目標を口にしたけど、問題は山積みだ。K大だと、教育学部はない。目標を変える必要があった。家から通える場所となると限られてくるし、たぶん私立しかない。
おばあちゃんの負担を考えると、国公立がよいのだけど。
そうやって黙り込んだ僕を、佐伯君が心配そうにじっと見ていたなんて、あとで知ることになる。
進路希望を先生に相談に行くと、すぐにいろいろと資料を見せてくれた。
どの大学も魅力的だったが、やはり家から通えるかどうかと、金銭面の問題が重くのしかかる。
「藤野。悩んでる?」
僕の部屋。折り畳みの机ともうふかふかではない座布団に座った佐伯君が、声をかけてきた。佐伯君は早々にサッカー部を引退し、自由になった時間を僕との受験勉強に充てている。彼はカバンからいちご牛乳を取り出して、僕に押し付けた。
「俺でよければ相談に乗るから」
僕は受け取ったいちご牛乳を飲んで、うなずいた。
甘くて、いつも通りの味でつい心が緩む。
それで、ぽつぽつと、おばあちゃんの負担になりたくないこと。先生との相談で出た県外の大学がとても魅力的だったこと。だけど一人暮らしをする余裕はないこと。教育学部に進みたいこと。
そして一番の不安は、おばあちゃんを一人にしてしまうこと。
話すほどに不安が募って、気持ちが沈んだ。やっぱり、夢を持つのは身分不相応だったのかもしれない。
佐伯君はいつの間にか僕の隣に座って、黙って肩をくっつけてうなずいてくれた。
「うん。一つずつ、解決していこう。藤野が悩んでいたのは気づいてたよ」
そう言って、佐伯君はスマホを見せてくれた。
そこには僕の知らない、おばあちゃんと、佐伯君のやり取りが並んでいた。
「実はね、おばあちゃんからも相談を受けてたんだ」
佐伯君はそう言って、おばあちゃんにメッセージを送った。
少し待っていると、ふすまが開いて、おばあちゃんが渋い顔でこちらを見ていた。
「知生。ばあちゃんにも相談してや。ばあちゃんも色々調べたんよ」
おばあちゃんは、手に持った書類や資料を差し出した。
「知生のために、大学や奨学金のこと、調べてみたのよ」
僕は目を丸くして資料を見る。佐伯君は隣でにこにこしている。
「これで少しは考えやすくなるんじゃないかしら。知生は遠慮しすぎるんよ」
「……ありがとう、おばあちゃん。でも……おばあちゃんがひとりになっちゃう」
力なく声を漏らした。
「大丈夫よ。ばあちゃんはひとりにはならんよ。ちゃんと友達もいるし……知生が家を出たら、友達と泊りで遊びに行こうって言ってんのよ?」
おばあちゃんがそう言ってにっこり笑った。
「ほら、これ見てえ」
おばあちゃんの集めた資料には、たくさんのメモ書きがついていた。それにはおばあちゃんの達筆とは別に、見慣れた文字のメモ書きが挟んである。
「おばあちゃん、この資料ってどうしたの?」
どれもちゃんと、最新情報だった。
おばあちゃんはにこにこして、佐伯君に意味深な視線を送る。
「実は佐伯君と、メル友でね。二人で調べたんよ」
僕は思わず目を丸くする。
「え……そうなの?」
「いや、ほら……悩んでたから」
佐伯君はごまかすように早口で。
「勝手に連絡とったりしてごめん」
とうつむいた。でも全部言い終わる前に僕は佐伯君の肩に抱き着いていた。佐伯君はどうして、僕が言い出せないことを察して、動けるのだろう。でも今は、こんな風に心配をかけたことよりも伝えたい言葉がある。
「ありがとう」
教室内ではもう、休み時間に遊んでいる人はいなかった。皆、参考書や、教科書を出して、ペンを必死に走らせている。それに奮起させられて、僕も参考書を開いていた。僕の席の周りには、三好君たちや、佐伯君も集まって勉強している。キリがいいところで手を止めると、ふいに三好君と目が合う。
「そういえば、三好君は進路どうするの?」
三好君は肩をすくめて、他の二人を見る。
「うん、オレはI大医学部を目指してる」
それは国立の難関校と言われている大学だった。僕はペンを置いて、白石君、森川君にも話を聞いてみた。二人とも医療系の大学だった。将来は技師になりたいそうだ。
「そっか、みんな、すごいね。なりたいものがあって」
すると、三好君は首を振った。
「いや、なりたいものは入ってから決める。だって、医者って言っても外科もあれば内科もある……自分に何が向いてるかなんて、まだわからないからな。それでも、医者になりたい」
そっか。なんだか新鮮だった。三好君の発想はとても柔軟だし、将来を大きく捉えた上で進む覚悟も持っている。なんだか、ちょっと羨ましいと思った。僕ももっと大きく考えていいんじゃないか、そんな風に思えた。
「なんか……聞いてよかったよ。僕今初めていうけど、教師になりたいかも」
佐伯君が僕を見て、目を見開いていた。その表情があまりにも嬉しそうで戸惑った。
「たぶん、そうなると思ってた」
三好君は意味深に笑って、またノートにペンを走らせ始めた。
初めて目標を口にしたけど、問題は山積みだ。K大だと、教育学部はない。目標を変える必要があった。家から通える場所となると限られてくるし、たぶん私立しかない。
おばあちゃんの負担を考えると、国公立がよいのだけど。
そうやって黙り込んだ僕を、佐伯君が心配そうにじっと見ていたなんて、あとで知ることになる。
進路希望を先生に相談に行くと、すぐにいろいろと資料を見せてくれた。
どの大学も魅力的だったが、やはり家から通えるかどうかと、金銭面の問題が重くのしかかる。
「藤野。悩んでる?」
僕の部屋。折り畳みの机ともうふかふかではない座布団に座った佐伯君が、声をかけてきた。佐伯君は早々にサッカー部を引退し、自由になった時間を僕との受験勉強に充てている。彼はカバンからいちご牛乳を取り出して、僕に押し付けた。
「俺でよければ相談に乗るから」
僕は受け取ったいちご牛乳を飲んで、うなずいた。
甘くて、いつも通りの味でつい心が緩む。
それで、ぽつぽつと、おばあちゃんの負担になりたくないこと。先生との相談で出た県外の大学がとても魅力的だったこと。だけど一人暮らしをする余裕はないこと。教育学部に進みたいこと。
そして一番の不安は、おばあちゃんを一人にしてしまうこと。
話すほどに不安が募って、気持ちが沈んだ。やっぱり、夢を持つのは身分不相応だったのかもしれない。
佐伯君はいつの間にか僕の隣に座って、黙って肩をくっつけてうなずいてくれた。
「うん。一つずつ、解決していこう。藤野が悩んでいたのは気づいてたよ」
そう言って、佐伯君はスマホを見せてくれた。
そこには僕の知らない、おばあちゃんと、佐伯君のやり取りが並んでいた。
「実はね、おばあちゃんからも相談を受けてたんだ」
佐伯君はそう言って、おばあちゃんにメッセージを送った。
少し待っていると、ふすまが開いて、おばあちゃんが渋い顔でこちらを見ていた。
「知生。ばあちゃんにも相談してや。ばあちゃんも色々調べたんよ」
おばあちゃんは、手に持った書類や資料を差し出した。
「知生のために、大学や奨学金のこと、調べてみたのよ」
僕は目を丸くして資料を見る。佐伯君は隣でにこにこしている。
「これで少しは考えやすくなるんじゃないかしら。知生は遠慮しすぎるんよ」
「……ありがとう、おばあちゃん。でも……おばあちゃんがひとりになっちゃう」
力なく声を漏らした。
「大丈夫よ。ばあちゃんはひとりにはならんよ。ちゃんと友達もいるし……知生が家を出たら、友達と泊りで遊びに行こうって言ってんのよ?」
おばあちゃんがそう言ってにっこり笑った。
「ほら、これ見てえ」
おばあちゃんの集めた資料には、たくさんのメモ書きがついていた。それにはおばあちゃんの達筆とは別に、見慣れた文字のメモ書きが挟んである。
「おばあちゃん、この資料ってどうしたの?」
どれもちゃんと、最新情報だった。
おばあちゃんはにこにこして、佐伯君に意味深な視線を送る。
「実は佐伯君と、メル友でね。二人で調べたんよ」
僕は思わず目を丸くする。
「え……そうなの?」
「いや、ほら……悩んでたから」
佐伯君はごまかすように早口で。
「勝手に連絡とったりしてごめん」
とうつむいた。でも全部言い終わる前に僕は佐伯君の肩に抱き着いていた。佐伯君はどうして、僕が言い出せないことを察して、動けるのだろう。でも今は、こんな風に心配をかけたことよりも伝えたい言葉がある。
「ありがとう」
