七音は隣にいる席の唯を、ただじっと見つめていた。
唯は、委員会の役員になってから、確実に変化を見せている。
役員の仕事そのものではない。他のクラスの、とある男子生徒と、頻繁に会うようになったのだ。
委員会の時間、廊下、昼休み。気づけば、どこかでその姿を目にする。
その光景を見るたび、七音の胸の奥に、小さな苛立ちが静かに積もっていった。
「どうしたの?」
隣の席から、七音の視線に気づいた唯が心配そうに顔を覗き込んできた。少しだけ眉を寄せた、その優しい表情。どうしようもなく愛おしいと思ってしまう自分が、余計に腹立たしいと七音は思った。
「何でもない」
短くそう答えながら、七音は視線を逸らした。
同じ委員会になったのに、唯と過ごす時間は、思っていたほど増えなかった。それどころか、唯が他の男子生徒と仲良くしている様子を、ただ見守る時間ばかりが増えていく。
胸の奥に溜まる感情を、軽く息を吐いて押し込める。
「唯、これ」
七音は、胸ポケットから小さなシールを取り出した。どうにかして気を引きたくて、唯が好きそうなものを探して、ようやく手に入れたものだ。何の動物なのか分からない、不思議なキャラクターのシール。
「わっ、これ!」
唯の目が、ぱっと輝く。
「どうしたのこれ?!」
少し興奮気味に身を乗り出してくる唯を見て、七音は表情が緩まないよう必死にこらえた。
可愛い――その一言が、胸の奥で静かに広がる。
この笑顔を自分だけに向けてくれたら、どんなにいいだろう。そんな願いが、自然と浮かんでいた。
「唯が好きそうだなぁって」
手に入れるまでにかかった手間や、どこで見つけたのか――そんなことは、あえて言わない。少しでも、格好いい自分を見せたかった。
「わーっ、ありがとう!大事にするね!」
唯はそう言うと、七音と一緒に買いに行った手帳を取り出した。
そのページのあちこちに、自分が渡したシールが貼られているのを見て、七音の胸の奥がじんわりと温かくなる。
自分が渡したものが、唯の一部になっていき、唯の中を少しずつ埋めていけているような気がして。
ほんの小さな、独占欲だった。
「おーい、中川ー。委員のやつが用事だって」
その時間を壊すように、クラスメイトが唯を呼んだ。
「あ、的場くん」
唯は嬉しそうに立ち上がった。最近、よく一緒にいる、別のクラスの緑化委員の男子だ。
七音は、心の中で舌打ちした。
誠実そうで、真面目そうで、整った雰囲気。唯が思い描いているであろう、交換日記の相手像に、ぴたりと当てはまる男。
七音は感じていた。
唯が、交換日記の相手を的場だと勘違いしているかもしれないことを。
そして、的場へ向ける視線が、どこか熱を帯びていることも。
唯が交換日記の相手は的場ではないと分かっていたとしても、その想いが的場へ向けられている現実は変わらない。
(よりによって、なんで)
胸の奥で膨らんでいく苛立ちを、七音は気づかれないよう、何でもない顔を装って押し殺した。
彼は背が高いわりに、目立つタイプの男ではなかった。人混みに紛れてしまえば、少し目を離しただけで見失ってしまいそうな、そんな薄い存在感。
それなのに、委員会で関わるようになってからというもの、その姿だけは、嫌でも視界に入ってくる。
唯がどこにいるのかを探そうとすれば、必ずと言っていいほど、その近くに彼がいるからだ。
楽しそうに声をかけられ、自然に笑い返し、何でもない顔で並んで歩いていく。まるで、最初からそこに並ぶのが当たり前だったかのように。
嬉しそうに、その男の方へ駆け寄っていく唯の背中を見ながら、七音は小さく息を吐いた。
胸の奥が、じわりと重く沈む。
(……もう、潮時なのかもしれない)
このまま、中途半端な距離で揺れ続けるくらいなら、いっそ――。
胸の奥に溜まり続けるわだかまりを、今のうちに振り払ってしまいたかった。
七音は、視線をゆっくりと逸らす。
そして、ひとつの決心を、悟られぬように、胸の奥へとそっと沈めた。
―――
「あれ?ない……」
移動教室から戻り、唯はいつものように机の中に手を入れた。交換ノートを取り出そうとして、指先が空を切る。
もう一度、確かめる。
けれど、そこにあるはずのノートは、どこにもなかった。
唯は、委員会の役員になってから、確実に変化を見せている。
役員の仕事そのものではない。他のクラスの、とある男子生徒と、頻繁に会うようになったのだ。
委員会の時間、廊下、昼休み。気づけば、どこかでその姿を目にする。
その光景を見るたび、七音の胸の奥に、小さな苛立ちが静かに積もっていった。
「どうしたの?」
隣の席から、七音の視線に気づいた唯が心配そうに顔を覗き込んできた。少しだけ眉を寄せた、その優しい表情。どうしようもなく愛おしいと思ってしまう自分が、余計に腹立たしいと七音は思った。
「何でもない」
短くそう答えながら、七音は視線を逸らした。
同じ委員会になったのに、唯と過ごす時間は、思っていたほど増えなかった。それどころか、唯が他の男子生徒と仲良くしている様子を、ただ見守る時間ばかりが増えていく。
胸の奥に溜まる感情を、軽く息を吐いて押し込める。
「唯、これ」
七音は、胸ポケットから小さなシールを取り出した。どうにかして気を引きたくて、唯が好きそうなものを探して、ようやく手に入れたものだ。何の動物なのか分からない、不思議なキャラクターのシール。
「わっ、これ!」
唯の目が、ぱっと輝く。
「どうしたのこれ?!」
少し興奮気味に身を乗り出してくる唯を見て、七音は表情が緩まないよう必死にこらえた。
可愛い――その一言が、胸の奥で静かに広がる。
この笑顔を自分だけに向けてくれたら、どんなにいいだろう。そんな願いが、自然と浮かんでいた。
「唯が好きそうだなぁって」
手に入れるまでにかかった手間や、どこで見つけたのか――そんなことは、あえて言わない。少しでも、格好いい自分を見せたかった。
「わーっ、ありがとう!大事にするね!」
唯はそう言うと、七音と一緒に買いに行った手帳を取り出した。
そのページのあちこちに、自分が渡したシールが貼られているのを見て、七音の胸の奥がじんわりと温かくなる。
自分が渡したものが、唯の一部になっていき、唯の中を少しずつ埋めていけているような気がして。
ほんの小さな、独占欲だった。
「おーい、中川ー。委員のやつが用事だって」
その時間を壊すように、クラスメイトが唯を呼んだ。
「あ、的場くん」
唯は嬉しそうに立ち上がった。最近、よく一緒にいる、別のクラスの緑化委員の男子だ。
七音は、心の中で舌打ちした。
誠実そうで、真面目そうで、整った雰囲気。唯が思い描いているであろう、交換日記の相手像に、ぴたりと当てはまる男。
七音は感じていた。
唯が、交換日記の相手を的場だと勘違いしているかもしれないことを。
そして、的場へ向ける視線が、どこか熱を帯びていることも。
唯が交換日記の相手は的場ではないと分かっていたとしても、その想いが的場へ向けられている現実は変わらない。
(よりによって、なんで)
胸の奥で膨らんでいく苛立ちを、七音は気づかれないよう、何でもない顔を装って押し殺した。
彼は背が高いわりに、目立つタイプの男ではなかった。人混みに紛れてしまえば、少し目を離しただけで見失ってしまいそうな、そんな薄い存在感。
それなのに、委員会で関わるようになってからというもの、その姿だけは、嫌でも視界に入ってくる。
唯がどこにいるのかを探そうとすれば、必ずと言っていいほど、その近くに彼がいるからだ。
楽しそうに声をかけられ、自然に笑い返し、何でもない顔で並んで歩いていく。まるで、最初からそこに並ぶのが当たり前だったかのように。
嬉しそうに、その男の方へ駆け寄っていく唯の背中を見ながら、七音は小さく息を吐いた。
胸の奥が、じわりと重く沈む。
(……もう、潮時なのかもしれない)
このまま、中途半端な距離で揺れ続けるくらいなら、いっそ――。
胸の奥に溜まり続けるわだかまりを、今のうちに振り払ってしまいたかった。
七音は、視線をゆっくりと逸らす。
そして、ひとつの決心を、悟られぬように、胸の奥へとそっと沈めた。
―――
「あれ?ない……」
移動教室から戻り、唯はいつものように机の中に手を入れた。交換ノートを取り出そうとして、指先が空を切る。
もう一度、確かめる。
けれど、そこにあるはずのノートは、どこにもなかった。
