役目を終えたはずの巫女でした ― 選ばれなかった時間の続き ―

今後、毎回のように誰かに食材を買ってきてもらうのは、どうにも気が引けた。
 頼めば断られないと分かっていても、それを前提にするのは違う気がする。

 少し考えた末、桜は護衛の騎士に一つ頼み事をした。
 以前使ったことのある食材を、自分が代金を払うので、王宮食堂から分けてもらえないか聞いてほしい、という内容だった。

 返事は思ったよりも早く、そして軽かった。
 代金は受け取らない。その代わり、できあがった料理を少し味見させてほしいことと、作り方を見せてほしいという。

 条件というほどのものでもなく、桜はすぐに「大丈夫です」と返した。

 そうして届いた食材は、前回よりも明らかに量が多かった。
 味見をする人数が増えるなら、当然だ。

 鍋も一回り大きなものを食堂が用意してくれ、下処理のために並べる材料も増える。

 作業台の前に立ったのは、桜と、食堂の料理人の代表だという三十五歳ほどの男性だった。
 包丁を持つ手に迷いはなく、無駄のない動きで材料を刻んでいく。

 最初は並んで作業していたはずなのに、気づけば速度が違った。
 桜が一つ切り終える頃には、料理人の側はすでに次の工程に入っている。

 「このくらいで大丈夫ですか」

 鍋をのぞき込みながら確認され、桜は頷いた。

 「はい、大丈夫です。結局、ほとんど切ってもらっちゃいましたね」

 「本職ですから」

 料理人は、さらりと返す。

 「それに、料理人の方に見られていると、緊張しますね」

 そう言うと、料理人は小さく笑った。

 味付けは、桜が担当する。
 いつも通り、目分量で、少しずつ足していく。

 料理人は横で黙って見ていたが、ときどき頷いたり、首を傾げたりしながら、手元の紙に何かを書き留めていた。

 みそ汁も同じ流れで作る。
 具材を入れ、火を調整し、最後に味噌を溶く。
 その一連の動作を、料理人は逃さないように見ている。

 できあがると、料理人は用意してきた容器に、味見用の分を手早く移した。

 「この調味料も、少しずつ持ち帰って大丈夫ですか」

 確認され、桜が頷くと、そちらも小さな容器に分けられる。

 「では、こちら頂いていきますね」

 そう言って、料理を抱えた料理人は厨房へ戻っていった。

 ほどなくして、診療所から介護人が一人やってきた。
 ヘンリエッタではないが、見慣れた顔だ。

 約束通り、診療所分も容器に入れて渡す。
 礼を言って、そのまま戻っていった。

 鍋の中に残ったのは、予定通り二人分だけだった。

 昼は、護衛担当のノインと一緒に食べる。
 ノインはもちろん、ずっと護衛についている。

 ご飯は王宮食堂で特別に炊いてもらったものだ。
 魚は、桜とノインの分だけ、料理人が調理の合間にさっと用意してくれていた。

 配膳された味噌汁を前に、ノインはぴたりと動きを止めた。
 器の中をのぞき込み、わずかに眉を寄せる。

 「……茶色、ですね」

 「だめそうなら、無理しなくても」

 そう言うと、ノインはしばらく迷ったあと、意を決したように口をつけた。

 一口飲み、ほんの一瞬、間を置いてから、表情が変わる。

 「……おいしいです」

 拍子抜けするほど、率直な感想だった。

 「見た目で、かなり身構えましたけど」

 煮物にも箸を伸ばし、こちらもゆっくりと味を確かめる。

 「これも、おいしいですね。落ち着く味です」

 「良かったです。口に合って」

 桜は、ほっと息をついた。

 少し間を置いて、ノインは続けた。

 「リーゼ先輩にも聞いていたんですけど、やっぱり、こちらにはない味ですね」

 「でも、おいしいです。まあ、好みはあると思いますけど」

 一度言葉を切り、器に視線を落とす。

 「食堂で出したら、きっと食べる人はいますよ」

 桜は少しだけ驚いて、ノインを見た。
 広めるつもりはなかった。ただ、作っただけだ。

 「そうですか? ただ、私が食べたかっただけなんですけど」

 「リーゼ先輩、今日また診療所に味見しに行くって言ってました」

 「リーゼさんが?」

 そう言ってから、桜は小さく笑った。

 「だったら、嬉しいです。……料理人の方次第ですね。気に入ってくれたらいいな」

 最後の言葉は、自然とつぶやきになった。