私は今日、この国の王となる。
肩にかかる王のマントは、王太子のそれとは比べものにならないほどずっしりと重く長く足元に絡みつく。
頭上に掲げられる予定の王冠の重みと、自分一人では歩くことさえ困難となるマントの重み自身が、王であることの証のように感じた。
「ご即位、おめでとうございます」
鎧兜に身を包んだジェードが、真っ先に私に声をかけた。
戴冠式の行われる大広間には、武装した兵たちがズラリと並んでいる。
「まさかこんな、物騒な戴冠式になるとは思わなかったわ」
「俺もだ。だがそれを招いたのは君だ」
「残念ね。いつか決着をつけないととは思っていたのだけど」
「とてもよい舞台を揃えたじゃないか。素晴らしいよ。真に歴史に残る戴冠式となるだろう」
私が即位すると決まってから、城内は常に不安定となってしまった。
私の即位に反対する運動が盛んになり、それを制圧するために軍を動かした。
反対運動を先導していたのはジェード。
それを制圧するための兵を指揮してるのもジェード。
完全自作自演の抗議と抑圧は、城内に兵をあふれさせ、城は彼の管理下に入ってしまった。
なんでも、戴冠式の開催に伴い、暴徒化した民衆が城に押し寄せてくるらしい。
彼らから私を守るため、兵の増強が必要なのだという。
だけどこの筋書きには、続きがあった。
ジェードは怒りに満ちあふれた民衆の不満を受け、自分勝手に即位した悪い女王を倒し、国を正しい方向に導くらしい。
カラム率いる王室騎士団と私を支持してくれる一部の兵だけが、かろうじて彼らの支配に抵抗していた。
戴冠式が始まった。
私が即位した瞬間が、開戦の合図だ。
祝いに集まる観衆はなく、吹き抜けの大広間は完全武装した兵士たちで埋め尽くされていた。
慣れたように甲冑を着こなす兵たちは、それぞれが手に馴染む武器を携え、戦闘が始まるのを、今か今かと待ちきれないでいる。
私は天井まで届く大扉に自ら手をかけた。
この国の創世物語に基づく泉にまつわる神話が彫刻された白木の大門を、王となる者が自らの手で押し開ける。
開かれた扉の向こうから、白一色で統一された祭壇が姿を見せた。
私は神の前でこの国と民に尽くすことを誓い、王となる。
立会人となる司祭や宰相、大臣たちも、それぞれが鎧を身に纏い武装していた。
背後には兵が控え、開戦に備えている。
即位のための祈りを捧げる司祭の、異常なまでに震えた声が、余計に緊張をかきたてていた。
司祭の元に、王冠と即位を承認した文書が運ばれてくる。
彼はリボンで丸められた文書を手に取ると、それを広げ目前に掲げた。
「それでは、セオネード殿下のご即位に当たり……」
何かが私の耳元をヒュッと横切った。
放たれた矢は、司祭の掲げた文書を射貫き、祭壇に音を立て突き刺さる。
「その即位、断じて許すわけにはいかぬ!」
ジェードはそう叫ぶと、腰の剣を抜いた。
「皆の者、我に続け! 悪しき慣習を、今こそ終わらせる!」
鬨の声が上がる。
武装した兵たちが、一斉に襲いかかって来た。
王室騎士団率いる兵たちが、私と司祭たちを守るために取り囲む。
開戦の合図を知らせる太鼓が城内に鳴り響き、火が放たれた。
「殿下、危険です。早くこちらへ!」
「ダメよ。まだ儀式は終わってない!」
同意した文書を祭壇に収め、司祭が私の頭上に王冠を乗せるまでが戴冠式だ。
私は破られた文書から矢を引き抜く。
司祭は私の頭に王冠を乗せると、祭壇に乗せられた天板を動かした。
「殿下、こちらです!」
その隙間に文書を押し込む。
これで儀式は完了した。
司祭や大臣たちは、私兵に囲まれ早々に広間から退出を始めている。
「戦況は、戦況はどうなっているの!」
「五分のはずです。ですが……」
エドが人質に取られている以上、長く抵抗は出来ない。
お願いどうか、無事でいて!
「そこまでだ!」
頭上から声が聞こえる。
見上げると、吹き抜けの大広間をぐるりと取り囲むように、弓を携えた兵がこちらに矢を向けていた。
「カラム!」
「お待たせしました。陛下。……。陛下、で、いいのかな?」
私が大きくうなずくと、彼はニヤリと笑った。
「よろしい! ではこれより、新王である女王陛下の御前にて、この私が裁きを行おう。この度の所業にいたる……」
「カラム! ねぇカラム!」
私は大広間中二階に弓兵と並ぶカラムに向かって叫んだ。
「なんですか、陛下! これから私が、一世一代のカッコいい大演説を……」
「エドは? エドはどこ!」
「……。あぁ、陛下の王子さまですか?」
彼はニッと意地悪な笑みを浮かべた。
「陛下の王子は、もうすぐそちらに到着しますよ」
不意に、祭壇の隅に掘られた白鹿の像が動いた。
カチリと音がして、奥に隠されていた扉が開く。
「セオネードさま!」
「エド!」
彼の腕が私に伸びる。
固く抱き合った瞬間、カラムの声が再び頭上に響いた。
「よし! お前ら、やっちまえ!」
戦闘が始まった。
広間では矢が飛び交い、駆けつけた軍勢がジェードたちを取り囲んでいる。
その渦の中に、中二階から飛び降りたカラムたちも参戦していた。
「陛下、エドさま。ここは一旦避難を」
護衛騎士に促され、広間を後にする。
城ではまだ、戦闘が続いていた。
各地で剣と槍が刃を交え、弓矢が飛び交い黒煙がくすぶる。
「ダメよ、こんなの。早く止めないと……」
「そうだ。陛下、こちらへ」
エドに案内され、聖堂の脇に繋がる通路に出る。
その壁を乗り越えると、長く伸びた梁を渡った。
「どこへ行くの?」
「ここからなら、城だけでなく城外にいる兵たちからも、陛下のお姿がよく見えるはずです」
彼は腰に巻いていたロープで輪を作ると、三角屋根から延びる庇にそれを引っかけた。
私は騎士とエドに助けられ、青い屋根に上る。
吹き抜ける風が、王の肩に掛けられたマントを膨らませ、私は頭上に置かれた冠を落としそうになって、慌てて手で抑えた。
「陛下。即位のお言葉を」
この屋根の上からは、城だけでなくそこから延びる城下街まで、どこまでも遠く見渡せた。
これから私が、この国を治めてゆく。
私は女王となって、この全てを守ってみせる。
もうこの先何が起こっても、怖い物なんて、ない。
「争いをやめよ! 我が城内で、これ以上血を流すことは許さぬ。今すぐ武器を捨て、降伏しなさい!」
城中の窓という窓、通路という通路から、人々が一斉に顔を出した。
その全てが、私に注目している。
この一挙手一投足が、女王としての私になる。
肩にかかる王のマントは、王太子のそれとは比べものにならないほどずっしりと重く長く足元に絡みつく。
頭上に掲げられる予定の王冠の重みと、自分一人では歩くことさえ困難となるマントの重み自身が、王であることの証のように感じた。
「ご即位、おめでとうございます」
鎧兜に身を包んだジェードが、真っ先に私に声をかけた。
戴冠式の行われる大広間には、武装した兵たちがズラリと並んでいる。
「まさかこんな、物騒な戴冠式になるとは思わなかったわ」
「俺もだ。だがそれを招いたのは君だ」
「残念ね。いつか決着をつけないととは思っていたのだけど」
「とてもよい舞台を揃えたじゃないか。素晴らしいよ。真に歴史に残る戴冠式となるだろう」
私が即位すると決まってから、城内は常に不安定となってしまった。
私の即位に反対する運動が盛んになり、それを制圧するために軍を動かした。
反対運動を先導していたのはジェード。
それを制圧するための兵を指揮してるのもジェード。
完全自作自演の抗議と抑圧は、城内に兵をあふれさせ、城は彼の管理下に入ってしまった。
なんでも、戴冠式の開催に伴い、暴徒化した民衆が城に押し寄せてくるらしい。
彼らから私を守るため、兵の増強が必要なのだという。
だけどこの筋書きには、続きがあった。
ジェードは怒りに満ちあふれた民衆の不満を受け、自分勝手に即位した悪い女王を倒し、国を正しい方向に導くらしい。
カラム率いる王室騎士団と私を支持してくれる一部の兵だけが、かろうじて彼らの支配に抵抗していた。
戴冠式が始まった。
私が即位した瞬間が、開戦の合図だ。
祝いに集まる観衆はなく、吹き抜けの大広間は完全武装した兵士たちで埋め尽くされていた。
慣れたように甲冑を着こなす兵たちは、それぞれが手に馴染む武器を携え、戦闘が始まるのを、今か今かと待ちきれないでいる。
私は天井まで届く大扉に自ら手をかけた。
この国の創世物語に基づく泉にまつわる神話が彫刻された白木の大門を、王となる者が自らの手で押し開ける。
開かれた扉の向こうから、白一色で統一された祭壇が姿を見せた。
私は神の前でこの国と民に尽くすことを誓い、王となる。
立会人となる司祭や宰相、大臣たちも、それぞれが鎧を身に纏い武装していた。
背後には兵が控え、開戦に備えている。
即位のための祈りを捧げる司祭の、異常なまでに震えた声が、余計に緊張をかきたてていた。
司祭の元に、王冠と即位を承認した文書が運ばれてくる。
彼はリボンで丸められた文書を手に取ると、それを広げ目前に掲げた。
「それでは、セオネード殿下のご即位に当たり……」
何かが私の耳元をヒュッと横切った。
放たれた矢は、司祭の掲げた文書を射貫き、祭壇に音を立て突き刺さる。
「その即位、断じて許すわけにはいかぬ!」
ジェードはそう叫ぶと、腰の剣を抜いた。
「皆の者、我に続け! 悪しき慣習を、今こそ終わらせる!」
鬨の声が上がる。
武装した兵たちが、一斉に襲いかかって来た。
王室騎士団率いる兵たちが、私と司祭たちを守るために取り囲む。
開戦の合図を知らせる太鼓が城内に鳴り響き、火が放たれた。
「殿下、危険です。早くこちらへ!」
「ダメよ。まだ儀式は終わってない!」
同意した文書を祭壇に収め、司祭が私の頭上に王冠を乗せるまでが戴冠式だ。
私は破られた文書から矢を引き抜く。
司祭は私の頭に王冠を乗せると、祭壇に乗せられた天板を動かした。
「殿下、こちらです!」
その隙間に文書を押し込む。
これで儀式は完了した。
司祭や大臣たちは、私兵に囲まれ早々に広間から退出を始めている。
「戦況は、戦況はどうなっているの!」
「五分のはずです。ですが……」
エドが人質に取られている以上、長く抵抗は出来ない。
お願いどうか、無事でいて!
「そこまでだ!」
頭上から声が聞こえる。
見上げると、吹き抜けの大広間をぐるりと取り囲むように、弓を携えた兵がこちらに矢を向けていた。
「カラム!」
「お待たせしました。陛下。……。陛下、で、いいのかな?」
私が大きくうなずくと、彼はニヤリと笑った。
「よろしい! ではこれより、新王である女王陛下の御前にて、この私が裁きを行おう。この度の所業にいたる……」
「カラム! ねぇカラム!」
私は大広間中二階に弓兵と並ぶカラムに向かって叫んだ。
「なんですか、陛下! これから私が、一世一代のカッコいい大演説を……」
「エドは? エドはどこ!」
「……。あぁ、陛下の王子さまですか?」
彼はニッと意地悪な笑みを浮かべた。
「陛下の王子は、もうすぐそちらに到着しますよ」
不意に、祭壇の隅に掘られた白鹿の像が動いた。
カチリと音がして、奥に隠されていた扉が開く。
「セオネードさま!」
「エド!」
彼の腕が私に伸びる。
固く抱き合った瞬間、カラムの声が再び頭上に響いた。
「よし! お前ら、やっちまえ!」
戦闘が始まった。
広間では矢が飛び交い、駆けつけた軍勢がジェードたちを取り囲んでいる。
その渦の中に、中二階から飛び降りたカラムたちも参戦していた。
「陛下、エドさま。ここは一旦避難を」
護衛騎士に促され、広間を後にする。
城ではまだ、戦闘が続いていた。
各地で剣と槍が刃を交え、弓矢が飛び交い黒煙がくすぶる。
「ダメよ、こんなの。早く止めないと……」
「そうだ。陛下、こちらへ」
エドに案内され、聖堂の脇に繋がる通路に出る。
その壁を乗り越えると、長く伸びた梁を渡った。
「どこへ行くの?」
「ここからなら、城だけでなく城外にいる兵たちからも、陛下のお姿がよく見えるはずです」
彼は腰に巻いていたロープで輪を作ると、三角屋根から延びる庇にそれを引っかけた。
私は騎士とエドに助けられ、青い屋根に上る。
吹き抜ける風が、王の肩に掛けられたマントを膨らませ、私は頭上に置かれた冠を落としそうになって、慌てて手で抑えた。
「陛下。即位のお言葉を」
この屋根の上からは、城だけでなくそこから延びる城下街まで、どこまでも遠く見渡せた。
これから私が、この国を治めてゆく。
私は女王となって、この全てを守ってみせる。
もうこの先何が起こっても、怖い物なんて、ない。
「争いをやめよ! 我が城内で、これ以上血を流すことは許さぬ。今すぐ武器を捨て、降伏しなさい!」
城中の窓という窓、通路という通路から、人々が一斉に顔を出した。
その全てが、私に注目している。
この一挙手一投足が、女王としての私になる。



