王女殿下は下級官吏を婚約者に選ぶ

 早々に会議を切り上げ、会議室を出る。
兵に守られながら歩く私の前に、ジェードが現れた。

「セオネード! これは一体どういうことだ。君がこれほど、議会を無視した暴君と化すとは思わなかったよ。王とは認められない。よって戴冠式は承認されない。これは我々の意志だ」

 ジェードが見せる書面には、私の即位に反対する大貴族たちの署名が並んでいた。
ここ最近議会に姿を見せないと思っていたら、そんな策略を裏で回していたのか。

「私が暴君? だったらあなたたちは、なんだというの? ジェード、あなたが気に入らないのは、自分の思い通りにならないことよ。あなたが王になるくらいなら、私が王になった方がマシよ!」

 ジェードの手が頭上まで振り上がる。
殴られるかと思った瞬間、彼の手が私の手首を掴んだ。

「やめて! 離して!」
「うるさい、こっちへ来い!」

 彼に引きずられ、空いていた部屋に押し込まれた。
ソファに投げ出されると、ジェードが私の上に覆いかぶさる。

「何をするの! やめて!」
「俺と結婚するという約束はどうなった! ここで結婚しなければ、いつするんだ!」
「そんな約束、した覚えはないわ!」
「していただろう。幼いころからずっと。俺はお前の夫となるためにこれまでを過ごしてきたんだ!」

 知ってる。
彼はそうなるよう、望まれていたことを。
ずっと側にいて、助けてくれていたことを。
私もジェードのことが好きだった。
だけどいつしかそれが、彼の中で変わってしまった。
優しい気遣いは支配的な命令となり、私を守るという口実で他者との断絶を好んだ。
ただ隣に立っているだけでいいだなんて、そんなの嘘。

「ねぇ、ジェード。私の話を聞いて?」

 手を伸ばし、彼の頬に触れる。
だけどその手は、強く握り返された。

「お前の話を聞くのは、俺の言うことを聞いてからだ」
「聞いてるわ、もうずっと聞いてた。だから今度は、私の番なんじゃな……」
「お前は間違ってる!」

 そう言い切ったジェードは、かつてないほどの怒りに全身を震わせていた。

「もうこれ以上我慢出来ない。俺の限界を試すような行為は、もうやめてくれ。うんざりだ。どうしてこんなことをする? 何が気に入らない? 他の男が知りたいというのなら、前も言っただろ。俺の子を産んでからなら、いくらでも……」

 掴まれていた手をはねのける。
私の手は、遠慮なくジェードの頬を打った。
彼を押しのけ、ソファから入り口のドアまで駆け戻った。

「あなたとは結婚しない。絶対に。もう私のことは諦めて。今ならまだ間に合うわ。大人しく私の即位を許可する署名にサインしてくれれば、全部水に流してあげる」
「ハッ。随分偉くなったものだな。王女殿下」

 彼は赤くなった頬に手を当てながら立ち上がった。

「お前が望んだのは、人形なんだろ? 王の隣に立つ伴侶は、自分の思い通りに動く従順なペットが一番便利だ。俺が望んだものと、何が違う。同じじゃないか」
「そんなこと思ってない!」
「ならどうして、官位も実力も身分もない男を選んだ。何でも言いなりになるからだろ。現に継承の儀まで付き合わせて、いざ結婚となれば外へ出て行く。なんていい男だ。実に素晴らしい。きっと彼なら、君の便利な愛人役も、喜んで引き受けるだろうよ」
「あなたの目には、そんな風にうつっていたのね……」

 自分のことを悪く言われるのは、別に構わない。
いくらでも言われたって平気。
だけど大切に思っている人を、悪く言われるのだけは許せない。

「もういいわ。あなたの許可なんて必要ない。私は私自身のまま、この国の王となります」
「そうなのか? じゃあもう、あの男はいらないな」

 ジェードの手が、ドアノブに手をかけた私の手の上に重なった。

「どういうこと?」
「一人で即位するのなら、夫はいらないのだろう? 俺とも結婚しないらしいし。婚約者殿も、完全に用済みだ。消えてもらおう」
「……。エドに、何をしたの?」
「何も? 君が欲しいと言えばいつでも渡せるように、用意しておいただけだ。いらないのなら、処分しておく」

 ジェードは部屋の扉を開けた。
外で待機していた兵たちが、私たちを取り囲む。

「我が国初の、独身の女王の誕生か。おめでとう。即位のための同意書に、サインしておくよ」
「待って!」
「戴冠式は来週だっけ? 楽しみだな」

 ジェードが廊下の奥に姿を消した。
私の両足は震え、立っていることすら出来ずその場にしゃがみ込んだ。

「エド……」

 あぁ。
やはり、手放すんじゃなかった。
一度離れたものを取り戻すなんて、そんなことは出来ないだとか無理だとか、迷っている暇はなかった。
彼を婚約者に選んだことを、後悔していない。
だから彼にも、私が婚約者であったことを後悔してほしくない。

「……。カラム騎士団長を呼んできて」

 ジェードは自分で宣言した通り、私の即位を承認する書類にサインをした。
だがこれは、事実上の宣戦布告だ。
私が王となるなら、もはや彼は武力行使も辞さないだろう。
戴冠式の日は、すぐそこまで迫っていた。