王女殿下は下級官吏を婚約者に選ぶ

 伏せていた円卓から立ち上がる。
私は部屋の外にいる兵に号令をかけた。
組ませた隊列を引き連れ、カラムの元へ向かう。
カラムの勤める執務室は、王室に仕える騎士団の本拠地。
彼らを従えさせることが出来れば、国は動かせる。
私には、その力と権利がある。

「この剣を借りるわよ」
「え? あ、はい!」

 私は護衛兵の腰から剣を抜き取ると、それを片手にカラムのいる部屋に入る。
彼は部下たちと共に、ソファに寝転がりカードで賭け事をしている最中だった。

「うわぁ! 殿下、どうなさったのですか!」

 慌てたカラムが起き上がる。
乱れた軍服のボタンを素早く留め直した。

「カラム! これから私は、この国の女王となります。あなたは私についてくる意志はあって?」
「へ? あ、会議で戴冠式の日時が決定したのですか?」

 私は手にした剣を、彼らがカードゲームに興じていたテーブルに叩きつける。
重さのある大剣は、ガラスを砕き周囲に破片をまき散らした。

「殿下? あの、少し落ち着いてくださいよ!」
「ジェードと結婚するくらいなら、私は独身のまま即位します」

 その言葉に、カラムのへらへらした顔がようやく真剣味を帯びた。

「それは、すなわち議会と敵対すると?」
「そうです。私はこれから、宮廷内を制圧します」

 私は兵から奪った剣先を、ひざまずくカラムの肩先に乗せた。

「王室第一騎士団へ勅命を下す。我に従いなさい。これからマクニース公爵家を潰し、ジェードを捕らえます」
「そ、それは、大戦争になりますが……」
「我に従えと、たったいま指示したはずよ!」

 重たい剣を振り回す。
重心をふらつかせた私は、足元をよろけさせ刀身は宙を横切った。
カラムたちは、難なくその刃先を避ける。

「ここで死ぬか、私を殺してジェードにつくか。今すぐ選びなさい!」

 剣を床に突きつける。
号令をかければ、背後にいる兵たちが彼らを襲うだろう。
もちろん騎士一人がいれば、私の背後にいる雑兵など敵の数にも入らない。
もし彼らが戦闘を選ぶなら、私はここで戦って死ぬ。

「あ……。あはははは。殿下はいつも、突拍子もないことをお考えになる」

 カラムは仕方なく笑って、言葉を濁した。

「簡単なことですよ。ジェードと結婚すればいい。それほどあの男がお嫌いでしたか」
「誰と結婚するかは、私が決める! いつ自分が王位に就くのかも、自分で決めるわ!」

 カラムはまだ口を半開きにしたまま、私を見上げるだけで動かない。

「私に従うのと、ジェードが国王となって彼に仕えるのと、どちらがいいかと聞いてるの。私に従えば、少なくともあなたもしばらくは、独身でいられるわよ」

 ポカンとしたままだったカラムの表情が、ようやく緩んだ。
彼の口元が、ニヤリと口角を上げる。

「なるほど。それはよいお考えだ。ここは一つ、我が世の春のために一肌脱ぐとしましょうか」

 そこからの動きは速かった。
そもそもマクニース公爵家に反発する勢力は少なくない。
それらをまとめ上げればいいだけの話だ。
くだらない小犯罪を繰り返すザコどもをまとめて縛り上げ、そこから管理責任を問い上を攻撃する。
大臣たちを呼びつけ、ことを簡単には済ませず全てを大事にしてやった。
最終的な判断を下すのは、全て王女である私だ。
議会の意見は気に入らなければはねのけた。
思うように進まなければ、関係者を呼びつけ、いくらでも話を聞いた。
私の方針に従えないものは、全て閑職へ追いやった。
大臣たちを集めた会議の場に現れた私は、これまでのように彼らと同列となる席に座るのではなく、一段高い玉座に着いた。
どよめきが起こったものの、直接注意しようという者はいない。

「殿下は、お一人で政治をなさるおつもりですか!」
「一人でやるつもりはありません。だからこうして皆の意見を聞いております」
「余りにも近頃の殿下のやり方は横暴過ぎます!」
「それが国王というものではないの? 責任は全て私が取ります。あなた方は私の手足となって働いてください」

 やり方が気に入らないと、大臣たちがボイコットすればするほどこちらの思うつぼだ。
すぐに私の気にかけていた、これまで能力がありながら身分によって虐げられていた人材をその席に置いた。
カラムたちの尽力によって、アンバーも城へ戻ってくる。

「アンバー! 無事だったのね!」
「殿下こそ、よくお一人でここまで……」

 再会を果たした私たちは、固く抱き合った。
アンバーさえ戻れば鬼に金棒、怖いものなんて何もない。

「さぁ、ここからが本番よ。誰が国王であり、主人であるのか。分からせてあげましょう」

 カラムは軍事力で、アンバーは知略で、次々と議会を掌握していった。
もう誰も私に逆らおうという者はいない。

「戴冠式を行う準備は、もう出来てるんでしょ? 日時はそうね、来週なんてどうかしら」
「来週? どうやって行うおつもりですか! 来賓は? 招待状の準備も式典に必要な費用の見積もりも出来ておりません!」

 大臣の一人が声を上げる。

「あら。戴冠式なんて、司祭にお経を読ませて、頭に冠を乗せればいいのでしょう? やろうと思えば、明日にも出来るはずよ」
「ですが!」
「それを、一週間は待ってあげようと言ってるの。感謝してほしいくらいだわ」

 それでもまだ、納得がいかないのか、一部の古老たちはぐずぐずと駄々をこね続ける。
私はテーブルにドンと拳を叩きつけた。

「これは誰のための戴冠式? 私のためのものよ。私がそうしたいと言っているの。だからそうしなさい」
「……。かしこまりました……」

 議会はようやく、私のものになった。
これで王となる地盤は整った。
私は父の意志を継ぎ、強い王となって人々を守りたい。
もう誰かの言いなりになって、自分を曲げたり偽ったりしない。
嘘をついたり、誤魔化したりしないで生きていきたい。