父の容態は、日に日に悪くなっていく。
どれだけ遅らせるよう望んでも、私が王位を継がなくてはならない日は遠くない。
意識を失う頻度も日を追うごとに回数が増え、医師たちからは、もう数日も持たないだろうと宣告されている。
「お父さま……」
私は父を見舞うため、王の寝室に足を運んだ。
「セオネード」
「お加減はいかがですか?」
「お前を……、残して行くことをすまなく思っている……」
「本当ですよ。まだ戴冠式も終わってないのに」
「準備は進んでいるのか」
「当然です。お父さまに早く見ていただきたくて、急がせております」
「そうか……」
すっかり痩せてしまった、かつては力強かった父の手を握る。
幼いころ、笑って私を抱き上げてくれた父も母も、もういない。
これからは、私が父に代わってこの国を守っていかなくてはならない。
「エドは……。お前の婚約者殿は、見舞いには来てくれないのか?」
「彼には彼の準備がありますから。忙しくしておりますので、お許しください」
「そうか。そうであろうな。民間から王族に嫁ぐのだ。それなりに支度には時間がかかるだろう」
彼がいま、どこでどうしているか何て知らない。
アンバーに聞けば分かるのだろうけど、彼女も察しているのか、何も尋ねてこなければ話題にも出さなかった。
「……。お父さまが、一日も長く健やかであられることが、今の私にとって一番の励みとなります」
「セオ」
父が手を伸ばした。
私はそれに合わせ、顔を枕元に埋める。
父の手が、私の頭をそっと撫でた。
「お前は大丈夫だ。儂がついておる。そなたになら安心して全てを任せられる。元気で……、体には気をつけなさ……」
父の目が白く濁った。
途端に呼吸が荒くなり、みるみる全身が青ざめてゆく。
「お父さま!」
異変に気づいた医師たちが駆けつけた。
胸部を圧迫し全身をマッサージするように擦り続ける。
「殿下。ここは退出を!」
「父上! 陛下!」
兵たちに連れられ、私は部屋の外に連れ出された。
泣きわめく私を迎えに来たのは、ジェードだった。
「セオネード!」
彼の行動は素早かった。
泣きじゃくる私に胸を貸したまま、次々と指示を飛ばす。
全員に箝口令をしき、王の間は閉ざされた。
すぐに宰相と司祭が呼ばれ、父の死を確定させると、腕に抱いたままの私を抱きしめる。
「セオネード。国王陛下の、葬儀はどうする? もう用意は出来てはいるのだろう?」
「……。そうね……。準備を、進めてください」
「分かった」
ジェードは私を脇に抱いたまま、次々と課題をこなしてゆく。
事前にある程度の予測はされていたとはいえ、その手際は申し分なかった。
私はただぐずぐずと泣きじゃくりながら、彼の胸に抱かれているだけで全てが終わってしまった。
「セオネード。君がいま正常な判断が出来ないのは無理もない。当然のことだ。気に病むな」
ジェードは私を抱きかかえたまま、寝室まで運ぶとベッドに寝かせてくれる。
「戴冠式は、葬儀が終わるまで延期だな。やはり陛下の指示に従って、継承の儀を先に済ませておいてよかった。問題なく君が王位を継げる」
私はただ涙をこぼしベッドに横たわり、一人で話すジェードを見上げていた。
「これから十日は喪に服し、それから葬儀だ。戴冠式は、早くても半年後だな。それでいいか?」
黙ってうなずいた私を見て、彼は満足そうにうなずいた。
「ならばそのように進めておこう。君は落ち着くまで、ゆっくり休んでおけばいい。残りの業務は、私が片付けておくよ。他に代われる人材もないし、それでいいか?」
彼はにこりと笑みを浮かべると、その場に立ち上がった。
「君はここにいてくれればいい」
ジェードが部屋を出て行く。
考えないといけないことが、やらなければならないことが、沢山あるのは分かっているのに、頭も体も動かない。
お父さまの死は覚悟していたものの、実際にそうなってしまうと、何の心構えも出来ていなかったことを思い知る。
だけど今日は、本当に何も出来ない。
今日だけは、我が儘を許してもらいたい。
止めどなく涙があふれ出し、頬を伝って枕を濡らした。
私は目を閉じ暗くなった世界で、朝日が昇るのを待つ。
東の空が明るくなるのに気づいてから、ようやく浅い眠りが訪れた。
ジェードの指揮により葬儀の準備は滞りなく進み、無事埋葬まで済ませることが出来た。
それまでの数日を私に付き添ったのは、アンバーではなくジェードだ。
「ねぇ、アンバーはどうしたの?」
「彼女も疲れているんだ。休暇を出したよ」
「ジェード。彼女は私の筆頭書記官よ。今すぐここへ呼んで」
「それは無理だ。王の代が代わるんだ。彼女の仕事も変わる」
「どこへやったの?」
「たかだか書記官一人に、なにをそんなに必死になる? 他に優秀な人材はいくらでもある。彼女には休暇を出したんだ。休んでいる間は、他の者に君の補佐を任せよう」
ジェードは父の死をきっかけに、豹変した。
こうなることは何となく分かってはいたけれど、あまりにも手回しがよすぎる。
「さっそく王にでもなったつもり? そうはさせないわ」
「まさか。そんな大それたこと。君もまだ即位してないしね」
政務には変わらず携わっているものの、書類の形式が変えられてしまった。
今まで私の決裁を必要としていたものが、いらなくなってしまっている。
一部の官僚や大臣たちで決定したものを私が承認するだけになってしまった。
中には決裁がされてないうちから進行を始め、後追いで許可待ちしているものすらある。
「これは誰が決めたの!」
アンバーが消えてしまったいま、私の補佐はジェードが選んだ新人五人が担当していた。
どれだけ遅らせるよう望んでも、私が王位を継がなくてはならない日は遠くない。
意識を失う頻度も日を追うごとに回数が増え、医師たちからは、もう数日も持たないだろうと宣告されている。
「お父さま……」
私は父を見舞うため、王の寝室に足を運んだ。
「セオネード」
「お加減はいかがですか?」
「お前を……、残して行くことをすまなく思っている……」
「本当ですよ。まだ戴冠式も終わってないのに」
「準備は進んでいるのか」
「当然です。お父さまに早く見ていただきたくて、急がせております」
「そうか……」
すっかり痩せてしまった、かつては力強かった父の手を握る。
幼いころ、笑って私を抱き上げてくれた父も母も、もういない。
これからは、私が父に代わってこの国を守っていかなくてはならない。
「エドは……。お前の婚約者殿は、見舞いには来てくれないのか?」
「彼には彼の準備がありますから。忙しくしておりますので、お許しください」
「そうか。そうであろうな。民間から王族に嫁ぐのだ。それなりに支度には時間がかかるだろう」
彼がいま、どこでどうしているか何て知らない。
アンバーに聞けば分かるのだろうけど、彼女も察しているのか、何も尋ねてこなければ話題にも出さなかった。
「……。お父さまが、一日も長く健やかであられることが、今の私にとって一番の励みとなります」
「セオ」
父が手を伸ばした。
私はそれに合わせ、顔を枕元に埋める。
父の手が、私の頭をそっと撫でた。
「お前は大丈夫だ。儂がついておる。そなたになら安心して全てを任せられる。元気で……、体には気をつけなさ……」
父の目が白く濁った。
途端に呼吸が荒くなり、みるみる全身が青ざめてゆく。
「お父さま!」
異変に気づいた医師たちが駆けつけた。
胸部を圧迫し全身をマッサージするように擦り続ける。
「殿下。ここは退出を!」
「父上! 陛下!」
兵たちに連れられ、私は部屋の外に連れ出された。
泣きわめく私を迎えに来たのは、ジェードだった。
「セオネード!」
彼の行動は素早かった。
泣きじゃくる私に胸を貸したまま、次々と指示を飛ばす。
全員に箝口令をしき、王の間は閉ざされた。
すぐに宰相と司祭が呼ばれ、父の死を確定させると、腕に抱いたままの私を抱きしめる。
「セオネード。国王陛下の、葬儀はどうする? もう用意は出来てはいるのだろう?」
「……。そうね……。準備を、進めてください」
「分かった」
ジェードは私を脇に抱いたまま、次々と課題をこなしてゆく。
事前にある程度の予測はされていたとはいえ、その手際は申し分なかった。
私はただぐずぐずと泣きじゃくりながら、彼の胸に抱かれているだけで全てが終わってしまった。
「セオネード。君がいま正常な判断が出来ないのは無理もない。当然のことだ。気に病むな」
ジェードは私を抱きかかえたまま、寝室まで運ぶとベッドに寝かせてくれる。
「戴冠式は、葬儀が終わるまで延期だな。やはり陛下の指示に従って、継承の儀を先に済ませておいてよかった。問題なく君が王位を継げる」
私はただ涙をこぼしベッドに横たわり、一人で話すジェードを見上げていた。
「これから十日は喪に服し、それから葬儀だ。戴冠式は、早くても半年後だな。それでいいか?」
黙ってうなずいた私を見て、彼は満足そうにうなずいた。
「ならばそのように進めておこう。君は落ち着くまで、ゆっくり休んでおけばいい。残りの業務は、私が片付けておくよ。他に代われる人材もないし、それでいいか?」
彼はにこりと笑みを浮かべると、その場に立ち上がった。
「君はここにいてくれればいい」
ジェードが部屋を出て行く。
考えないといけないことが、やらなければならないことが、沢山あるのは分かっているのに、頭も体も動かない。
お父さまの死は覚悟していたものの、実際にそうなってしまうと、何の心構えも出来ていなかったことを思い知る。
だけど今日は、本当に何も出来ない。
今日だけは、我が儘を許してもらいたい。
止めどなく涙があふれ出し、頬を伝って枕を濡らした。
私は目を閉じ暗くなった世界で、朝日が昇るのを待つ。
東の空が明るくなるのに気づいてから、ようやく浅い眠りが訪れた。
ジェードの指揮により葬儀の準備は滞りなく進み、無事埋葬まで済ませることが出来た。
それまでの数日を私に付き添ったのは、アンバーではなくジェードだ。
「ねぇ、アンバーはどうしたの?」
「彼女も疲れているんだ。休暇を出したよ」
「ジェード。彼女は私の筆頭書記官よ。今すぐここへ呼んで」
「それは無理だ。王の代が代わるんだ。彼女の仕事も変わる」
「どこへやったの?」
「たかだか書記官一人に、なにをそんなに必死になる? 他に優秀な人材はいくらでもある。彼女には休暇を出したんだ。休んでいる間は、他の者に君の補佐を任せよう」
ジェードは父の死をきっかけに、豹変した。
こうなることは何となく分かってはいたけれど、あまりにも手回しがよすぎる。
「さっそく王にでもなったつもり? そうはさせないわ」
「まさか。そんな大それたこと。君もまだ即位してないしね」
政務には変わらず携わっているものの、書類の形式が変えられてしまった。
今まで私の決裁を必要としていたものが、いらなくなってしまっている。
一部の官僚や大臣たちで決定したものを私が承認するだけになってしまった。
中には決裁がされてないうちから進行を始め、後追いで許可待ちしているものすらある。
「これは誰が決めたの!」
アンバーが消えてしまったいま、私の補佐はジェードが選んだ新人五人が担当していた。



