こうなることは分かっていた。
分かっていたけど、受け入れられるかは別の話。
「貴島君、次移動教室だよ」
「視聴覚室行ったことないよね? 案内するから一緒に行こ〜!」
「いや、ちょっと……」
……!!
女子達に半分拉致されてる貴島を見つけ、フラッとした。
貴島が転校してきてはや一週間。だいぶ学校の雰囲気にも慣れたようで、そこは安心していた。
けど慣れてきたのは女子達も同じ。勿論、男子勢もだ。
貴島は落ち着いてるだけで、冗談を言われれば笑って返している。何となく貴島に怖いイメージを持っていた男子達も、次第に積極的に関わるようになっていた。
とは言え下心半分なことも分かってる。どうも、貴島と一緒にいれば女子と仲良くなれると思ってるみたいだ。
「なあ、貴島は部活入んないの?」
「俺はバイトしようと思ってるから」
「へー。川音と同じ料理部に入ると思ってた。じゃあ今度皆でカラオケ行こうぜ。女子も呼んでさ〜……」
…………。
遠巻きに貴島とクラスメイト達のやりとりを見守り、腕を組む。
俺としたことが、ちょっと油断した。気付けば貴島は、常に誰かに囲まれてる状況になっていた。
やっぱイケメン転校生のカード強いんだな。俺が一年半かけて手に入れた優等生カードの有効期限がわずか一週間とは。
それにこの前まで貴島の隣で通訳係みたいなことができたのに、今は入り込む余地もない。普通に押しのけられるし、あれ、川音君いたの? みたいな反応をされる。
「最近の川音は影が薄いなー」
と、隣にやって来たのは同じクラスの都波。いつも見た目を気にして女子と遊んでるのに成績優秀というハイスペ男子だ。
「前はみんなして川音君がー、って言ってたのにさ。薄情だと思わない?」
「あはは、そんなこと……。自分の時間ができてむしろ嬉しいよ。貴島君は人気出て当たり前のイケメンだし」
ここで弱みを見せてはいけない。努めて穏やかに微笑むと、都波は前に屈み、耳打ちした。
「前から思ってたけど、そのイイコちゃんキャラやめれば? 貴島が来た以上、もう覇権は奪えないだろうし」
「……っ!」
教科書を開こうとした手を止め、思わず彼を見返す。
誰にも触れられたくない部分に手を突っ込まれたみたいで、顔が熱くなった。
都波は多分、学校で唯一俺の“素”に気付いてる。おどけてるようで勘が良く、油断ならない。
「前は白原高校と言えば川音君って感じだったけど。知ってる? お前のファンクラブのメンバー、ほとんど貴島に流れてるぞ」
「え! そそそうなんだ。でも別にいいよ。ファンがいるから何だって話だし」
嘘だ。あれほど俺を慕ってた子達が一週間で離れていったことに衝撃を受けてる。
そんな俺の心を見透かすように、都波は目を細めた。
「そっかな? パッと見、お前はファン作りに躍起になってた気がするけど」
「う……」
ほんと、痛いところ突いてくるな。
教科書で顔の下半分を隠すも、簡単に奪われてしまう。彼は声を潜め、俺の机に肩肘をついた。
「優等生キャラよりクールで大人キャラの優勝ってことだ。俺だって前は学校一のギャル男で人気あったのに、お硬いキャラのお前にファンをとられたんだぞ。アイドルは代替わりする、コレこの世の理」
ギャル男なのか。チャラ男だと思ってて申し訳ない。
それに彼が俺に構う理由も分かり、納得した。
「川音は正統派イケメンだけど、女の子って普段素っ気ない男に優しくされるとコロッといくんだぜ」
「あぁ……!」
それは分かる。表情筋眠ってる貴島が笑うと、俺もめちゃくちゃ嬉しいし。
その笑顔をもっと見たいと思う。願わくば、俺の力で引き出したい。
でも、満面の笑みの貴島とか……ちょっと破壊力あり過ぎて、逆に怖いな。
「……都波君は、今は彼女いないの?」
「俺はつくらない。何故ならひとりの女の子に縛られたくないから」
迷いなく答える彼はかっこよくもあり、見方を変えると最低でもあった。
「ところで前から思ってたけど、川音ってほんとは目立つこと自体嫌いだろ。無理してるんと違う?」
「それは……」
「何の話?」
都波の問いかけに動揺した……俺の机に手をついたのは、女子に囲まれてたはずの貴島だった。
彼の方から声を掛けてきたことが意外だったようで、都波は露骨に驚いてる。
「いや。川音は真面目だなって話してたんだよ。な?」
「う、うん」
仕方なしに話を合わせ、頷く。すると貴島は「そう」と短く呟き、俺の腕を引いて立ち上がらせた。
「ちょ、貴島君?」
「次の授業、移動なんだろ? 案内頼む」
「あ、うん……」
きょとんとしてる都波を置いて、貴島は足早に歩き出した。どうやってあの熱狂的な女子達をまいたのか不思議だが、慌てて歩幅を合わせる。
「貴島。ちょっと歩くの速い……」
「……」
小声で訴えると、彼は歩くスピードを落とした。それには安心したけど、今度は何を話したらいいか分からなくなる。
俺が静かなせいか、貴島の方から口を開いた。
「大勢に囲まれるのは我慢できるけど。その間にお前が他の誰かといるのは気になるもんだな」
「へ」
やれやれといったように額を押さえる貴島に、思わず目を丸くする。
「あ、あぁ。ごめん、ガードするって言ったのに」
「別にそれはいい」
貴島は足を止め、振り返る。そして眉を下げて笑った。
「……でも、お前もこんな気分だったんだな」
ごめん、と頬を撫でられる。
多分、転校初日のことを言ってるんだと思った。俺がひとり葛藤していたときのことを。
また胸の中が熱くなった。まばたきすら忘れた俺を見つめ、貴島は小声で呟く。
「そりゃモヤモヤするよな」
「ん……何て?」
意味が分からず聞き返すと、彼は俺の手を引いて歩き出した。
思わず見惚れそうなほどの笑顔を浮かべ、俺の前髪を持ち上げる。
「何でもないよ。さ、行こう」


