文芸部の一匹狼は、美術部の王子様を放っておけない


 左神が思っていたよりもおとなしく腕の中に収まっている右堂が、彼の胸に頬をあてながら諦念を声に乗せる。

「君と僕がいつ友人になったのかわからないが、こういうことをする友人関係ってたいていいかがわしい間柄のことを言うんだと思うんだけどね」

 言いながら身体を離す右堂。左神は、その手から煙草を取り上げた。

「仲良くなったら友達だろ?」

「君は長らく友人がいなかったせいで、人との距離の取り方がわからないんだな。とりあえずそれを返してくれ」

「断る。禁煙しろ」

「ふざけるな。君には一ミリも関係ないことだ」

「じゃあ俺も一緒に吸う。友達だからな」

 右堂が言葉を詰まらせた。左神は隙をついたように笑い、

「天使の友人は天使と一緒に堕天するんだ。それがソイツの救いになる」

と得意げに言った。

 右堂は泣きそうな表情でそれを見て「馬鹿じゃねえの」と口惜しげに零した。そして、対面にいる左神の肩を、ほとんど力を入れずに殴った。

 左神は唇を噛んだまま俯く右堂を見て、

「疲れたら寄りかかれよ。それが友達だろ? 泣きたくなったら胸も貸すし、煙草を吸いたくなったら口の中も貸す。不安になったら抱きしめてやるよ」

と明るく笑った。

「……じゃあ胸を貸してくれよ。ついでに抱きしめて。それからキスもしてよ」

 右堂は左神に向かって、無防備に腕を広げた。
 右堂のワイシャツと手首は、どちらも境目が見えないくらい白い。

 左神は彼を抱き寄せた。
 身体が冷たい。あたためるようにありったけの力で抱きしめると、右堂が苦しそうに呻いた。

 右堂の頭を左神自身の胸に押しつける。かすかに頬を擦り寄せてくる感触に、うまく表現できないせつなさを感じた。後頭部を撫でてやる。

 顔を上げた右堂と、左神の視線が絡んだ。鼻先が触れるほどの距離にある美貌に、脳がドロドロと溶けそうになる。色の失せた唇がわずかに開いた。「はやく」と白い吐息が囁く。

 左神は熱くなった己の身体からマフラーを剥ぎ取って、右堂の首に巻きつけた。
 驚いたように目を瞬かせる右堂の腰を引き寄せて、顔を近づける。

 右堂の唇は死人のように冷えていた。左神は自分の体温が移るようにと、唇を強く押しつける。

 やがてあたたまってきた右堂の唇を、舌で優しく舐め、息つぎのために開いた口に噛みついた。

「い、った」
 右堂が悲鳴を上げる。

 左神は構わずに口内を舐めまわした。
 やわらかいとこに触れるといっそう気持ちが昂った。舌や頬の裏側を舌先でくすぐると、右堂も小さな声を上げる。彼の舌も左神のものを従順に追いかけてきた。

 風が吹くと身が切れるくらいの寒さを感じるのに、互いの口内だけは燃えているみたいに熱かった。


 ひとしきり触れ合って、唇を離すと、息も絶え絶えな右堂が口元を拭いながら、艶っぽく潤んだ瞳を左神に向けた。

「天使の友人か。確かに、君は一緒に悪いところへ行ってくれそうだな」

 左神はそれをニヤリと笑って受けとめた。

「行ってやるよ。ま、今から行くのはお前んちだけど」

 右堂のぶんの荷物を拾い上げて、左神は、先に歩き出した右堂の歩幅に合わせて自転車を引いて行く。

「今度からはコートも二着ぶん必要だな」
 
左神が、落ちてくる雪を目で追いながら呟いた。

「僕のぶんか? あるよ、クローゼットのどこかに。探してみたまえよ」

「お前も一緒に探すんだよ。あー寒ィ。早く帰ろうぜ」

 左神の歩みに右堂もついていく。
 右堂が思い出したように、ワイシャツの胸ポケットに手を入れた。掴み出した煙草の箱をグシャリと握り潰す。

「これ捨てといて」

 右堂は白い息を吐きながら目を細めた。
 無残なかたちになったそれを、左神は受け取り、己のズボンのポケットに詰め込んだ。


「キスしてやろうか?」


 左神の誘いに、右堂は薄闇に隠れるほど微かに頷いた。

 風は冷たいまま。

 しかし触れたところは、やはり二人ぶんあたたかかった。