文芸部の一匹狼は、美術部の王子様を放っておけない


「よく親行を懐柔できたわね」

 すみずみまでキャンバスを眺めながら、金井は隣に立つ左神の袖を引っ張った。

 左神は、はあ、と気の抜けた声を返す。

 美術室の備品であるイーゼルに乗せられた右堂の絵。
 微笑む天使を、まるで弟同然の従弟を模したような動作で、彼女は優しく撫でた。

 放課間もない美術室に、部員はまばらだった。
 右堂の姿もない。
 授業後探してはいたが、いつの間にか消えていた。

 傍で、金井が小さく笑う。
「仲直りできてよかったわね」

「仲直りっていうか……友人として進展したというか……」

 左神の歯切れの悪い言い方に、金井は濡れ羽色の瞳を見開いた。自分より高いところにある左神の顔を覗き込み、「もっと仲良しになったってこと?」と尋ねた。
 左神はしどろもどろに答えた。

「はあ、まあ、触れるくらいには……」

「触れるって、どこに?」

「え、と……顔、とか?」

「あら、そうなの」

 それから金井はくつくつと笑った。その様子に、左神はぎょっとする。
 己が失言をしたことは察したが、何をどう間違えていたのかわからなかった。

 金井は口元を手で隠しながらひとしきり笑って、潤んだ目で左神を見つめて、柔和に微笑んだ。

「あの子、きっと左神君のことが好きなのね」

 えっ、と思わず左神は声を跳ねさせた。

「顔も唇も、好きな人にしか触らせないでしょう?」

「そうなんすか?」

 金井の誘導尋問に引っかかった左神は、彼女が噴き出す一歩手前にいるのにも気づかず、おろおろと周囲を見回した。

「いやでも、家に行ったのはまだ一回きりだし、ゲームも宿題も一緒にしてねえし……」

「これから二人でいろんなことを経験していけばいいわ。親行も友達少ないから、あなたのことはとても大事にすると思うし。あの子、部活にはとうぶん出ないだろうから、作品のことは私から美術部の部長さんに話しておくわね。左神君も、たまには早く帰りなさいな」

 言って金井は妖しげに笑い、美術部の生徒に声をかけに行った。

 左神は言われた通り、いつもよりも早めに校舎を出た。
 薄暗い空から雪がちらついている。
 空気はきんと冷え、肺にしみ入るように澄んでいた。

 左神は湿ったアスファルトに、自転車のタイヤを滑らせて河原へ向かった。いつもの橋の下に右堂がいたら、ひっぱたいてやろうと思った。こんなに寒いところにいる馬鹿がどこにいるんだ、と。

 自転車を停めて橋の下に視線をやる。人影を見つけて溜息をついた。

 左神の足音に気づき、薄茶色の頭が振り返る。人差し指と中指の間には火のついていない煙草が挟まれていた。相変わらず上衣はワイシャツだけで、見てるだけで凍えそうな格好をしている。

 今日も華やかな笑顔を振りまいていた王子サマは、一転してつまらなそうな顔を左神に向けた。

「何だ、君。恐い顔をして。僕がここにいることを咎めているのか?」

 左神は右堂と対峙しながら「別に」と威圧した。

「俺との約束は守れねえのかと思っただけだ」

「君との約束は、『君の前では煙草は吸わない』だっただろう? ひとりで吸うぶんには自由じゃないか」

「今は俺がいるだろうが」

「じゃあさっさと帰りなよ。僕は煙草を吸いたいんだ」

 右堂は煩わしそうに顔を歪めながら、ズボンのポケットからジッポを取り出した。

 その背中を、左神は大きな手で引き寄せた。
 体勢を崩した右堂が、左神の胸に倒れこむ。

 左神はその身体を筋肉質な両腕で包みながら、右堂の頭の上で「口が寂しいなら俺を使えばいいじゃねえか。友達なんだから」と真剣な声で呟いた。