「何してんだ馬鹿野郎! ふざけるのも大概にしろ! 後悔したいのか!」
言いながら、左神の胸を叩く右堂の両手首を、左神が捻り上げる。
「じゃあてめえは俺と関わって後悔すんのかよ! そうだって言うなら金輪際関わらねえよ。だけど、俺は、てめえを、――もっと知りてえって思っちまったんだよ」
真っ直ぐな左神の言葉に、右堂は息を詰まらせた。唾を呑む。
「僕のことなんか知ったって幻滅するだけだ。君の気持ちはまやかしだ。後悔する前にとっととここから出ていけ!」
「てめえの言うことはよくわかんねえよ。俺のことばかり気遣いやがる。後悔なんかしねえよ。そんな生半可な気持ちで他人にキスする奴なんかいねえだろ」
「理解できないのはこっちだ。僕に向かって『大嫌い』だと言ったのを忘れたか。そんな奴に口づけるなんてキ〇ガイの所業だ。ふざけるのも大概にしろ!」
右堂の腕を束縛したまま、左神は視線を泳がせた。言葉を吐き出すごとに冷静になってきた脳みそが、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ふざけてねえって。じゃあ、もう一回キスしてやろうか? 嫌いだってのは嘘じゃねえけど、口つけんは嫌じゃねえんだよ。俺もよくわかんねえけど」
右堂は困ったように眉を下げ、しかし思い出したように左神の手を振り切った。
「君の言いぶんはさっぱりわからない。けど、もう煙草を吸う気は失せた。これでいいんだろ?もともとそういう話だったんだから」
「まあ、そうだな。――もう口寂しくはねえのか?」
右堂が恨めしそうに左神を睨む。
「寂しいさ。誰かさんのせいで。どうしてくれる」
右堂が腕を組んで、片足でトントンと床を叩いた。
わざとらしく深い息をついて、左神に陰険な視線を送る。
対して左神は、考えるように天井を見て、思いついたように両手で右堂の頬をそっと包んだ。
驚いた右堂が逃げるように身体を後退させる。が、左神はたった一歩で距離を詰めて、右堂の横髪を掻き上げ、朱に染まった耳元で囁いた。
「責任はとる」
言い終えるとすぐに、左神は右堂の唇に噛みついた。
右堂が驚いたように顎を上げたが、左神はそれを追って、舌先で整った歯列を割った。
「ん…………っ」
右堂がくぐもった声を上げる。
力なくひらいた口に、左神が熱い舌を差し入れると、右堂の身体がぶるりと震えた。
舌が触れるたびに、粘膜の擦れるなまなましい音が上がる。
左神は、右堂に乱れた呼吸を正す暇を与えず、口内を暴き、下唇に歯を立てた。
「ま、て……あっ…………」
満足するまでしゃぶり尽くしてから、左神は苦しそうに息継ぎをする右堂を解放した。二人の間で唾液が糸を引く。名残り惜しく感じて、右堂の頬を包んでいた親指で赤みの注した白皙を撫でると、奴は恐がるように肩を揺らした。
目前にある右堂の下瞼には涙が溜まっている。
右堂が、深呼吸の合間に、湿った唇を開く。
「君、童貞のキスってそうじゃないだろう。するならもっと普通の可愛げのある……」
「誰が童貞だ。煙草の煙って口の中まで入れるもんじゃねえのかよ。ちゃんと責任取るって言ってんだろ」
「……君、友達いなさ過ぎて人との距離感バグってるよ」
右堂が腕をつっぱって左神の胸を押し退ける。
左神は何事も無かったかのように笑って、学生服に着替え始めた。
「この絵見たら、みんな驚くだろうな」
ウキウキとした左神の視線が、逆光になったキャンバスのほうを向く。
右堂は乱暴に唇を拭い、眩しそうにキャンバスを見下ろしながら、
「ああ。散々だったが、よく描けたよ」
と絵の具の乾いていない布地に触れないように注意しながら、真っ黒い天使の羽を撫でた。
