文芸部の一匹狼は、美術部の王子様を放っておけない


「君、人と関わるのが上手くないんだろう。だからそういうことを安易に言ってしまえるんだ。それではこれからもっと苦労するぞ。おせっかいとして言うが、ちゃんと友人をつくって、人間と共生をする方法を学んだほうがいい」

 苛立った顔で線を描き足す右堂に、背後に立った左神は投げやりに言った。

「馬鹿みてえに取り巻きがいるてめえはどうなんだよ。苦労してねえってのか? 毎日病人みてえなツラしてコソコソ煙草吸ってるくせに、てめえはそれで満たされてるのかよ」

 右堂が片目で左神を睨む。

「君みたいなはぐれものよりずっとマシだ。僕は今のままで何も困っていない。君みたいにメソメソ泣いたりもしていない」

「誰がメソメソ泣いたって? ああクソ、心配して損した。もう勝手にしろ」

「言われなくても勝手にするよ。早く帰ってママに抱かれながらおやすみしなよ」

 左神はあたまに血が上ったまま、部屋の隅の置いていた荷物を掴み取った。わざと大きな足音を立てて玄関ドアへ歩く。それでも、右堂の視線は左神を追わず、絵筆の動きも止まらない。

 左神は舌打ちをしてからドアを開けた。右堂から借りた部屋着のまま外廊下へ出る。
 後ろ髪を引かれるままに振り返った先には、埃のたまったフローリングと、リビングにつながるドアしか見えない。廊下で、融けたみたいに力なく崩れ落ちていた右堂の姿を思い出す。

 もしまた倒れたら、誰が奴を見つけて、介抱してやるのだろう――。
 別に右堂のことを案じているわけではない。
 ないはずなのに。

 足が動かなかった。玄関ドアを中途半端に開けたまま、未練たらしく立ち止まっていた。
 こういうときに、どういう行動をすればいいのか、わからない。

 右堂は友人じゃない。
 しかし明確に他人でもない。
 脆く危うい。
 どうしたらいい。
 胸の中が混沌としている。
 風が冷たい。

 結局、左神は冷えた身体で部屋へ戻った。

「暗い道を帰るのがこわくなったのかい?」

 相変わらずの口ぶりで、右堂は嫌見たらしく笑った。
 左神が、抱えていたバッグを下ろす。

「ああ、そんなとこだよ。こわくてしかたねえから、お前の顔が見たくなった」
「ずいぶん素直になったじゃないか。褒めてやるつかわすよ」
「はいはい、王子サマ」

 左神は再び、右堂のそばに腰を下ろした。絵の具で汚れたフローリングが、花畑のように見えた。



***



 テーブルに絵筆を置いた右堂は、立ち上がったまま、肺に残った空気を出しきるように長く息を吐いた。

「完成だ」

 レースカーテンを引いただけの掃き出し窓には、雨上がりの晴天が広がっていた。差し込む陽光で、右堂の茶色い髪がキラキラと輝いている。右堂は立ちっぱなしの左神に顔を向け、「できたよ」と安堵したように目を細めた。

 張りつめていた糸がやっと緩んだような心地に、左神は思わず右堂の細い身体に抱きついた。
 う、と右堂が体勢を崩す。それを抱きとめた左神が「よかった」と両腕に力をこめた。

「お前、マジで倒れるんじゃねえかと思った」

 左神の両目は潤んでいた。
 暗く長い夜から解き放たれた身体が、強張りを解いていく。
 胸が熱かった。

 興奮冷めやらぬ左神とは対照的に、右堂はフラフラと身体を揺らして、
「今まさに倒れそうだよ。はあ、疲れた」
 と、宥めるように左神の頭を叩いた。

「お前、すげえよ。こんな絵初めて見た。なんて言っていいかわかんえけど、すげえきれいだ」

「そりゃよかった」

 キャンバスには、漆黒の羽の生やしたブロンドの少女が、振り向きながら両腕を伸ばす姿と、その腕にこたえるように伸ばされた手が描かれていた。少女の美しい顔は穏やかな微笑をたたえ、背景に描かれている曇天の隙間からは光が降りそそいでいた。そのさまからは、未来への明るい希望が連想される。
 油絵の具であらわされた、筆の繊細さと力強さ、深くゆたかな彩り――。

 左神は、自身の小説に付する絵には、勿体無いくらいの出来栄えだと感じた。

 右堂は苦笑を浮かべながら、左神の両肩を押しやった。
 距離をとられた左神が目を丸くする。

「あまり近づかないほうがいい。『クソゲイ野郎』に抱きついたなんて後で思い出したら、のたうち回るほど後悔するよ」

 右堂のひかえめな笑みはどこか自虐的だった。
 触れたら壊れそうな、か弱い声だった。

「僕はモテるけど、数多の人間に応えられるわけじゃない。君みたいに僕のことを嫌いな奴をあしらうのも面倒だ。正直、放っておいてほしい。疲れるんだよ。君はきっと、あとで僕に恨み言を言うよ。そんなのはまっぴらごめんだ。だから僕のためにも自分のためにも、もう関わらないでおいたほうがいい」

 左神を見上げるアンバーの瞳が、左神の双眸に迷いなくつき刺さる。
 左神は返事に窮した。
 己の過去を振り返った。


 他人と関わり合うことへの怯えと嫌悪、否定。その代償に得た孤独。寂寞。
 ――そして、後悔。


 右堂はふいに視線をそらした。

「一服するから、君は帰りなよ。一回家に帰るくらいの時間はあるだろう? 絵は責任をもって持っていくから」

 右堂が左神のわきを通ろうとする。
 表情を硬くした左神は、右堂の腕を己の肘の内側に挟みロックした。

「お前、どうしたらそれやめんの」

 威圧するような表情の左神を見て、右堂が嫌そうに視線を流し見る。

「それって、煙草のことかい?」
「そうだ。学校とかバレたらやべえだろ」
「そうだとして、どうして君に心配されないといけないのかな」

 左神が、右堂を捕まえた腕に手に力を入れる。

「気になるんだよ。その煙のせいで、俺はお前に近づけねえ」
「君らしく無いことを言う。きっと徹夜明けで頭がおかしくなってるんだ。出直して来たまえよ」

 左神は犬歯を剥き出した。

「狂ってねえよ。俺はてめえのことが嫌いだ。でも、傍にいるのは嫌じゃねえってわかった。だから、せめて俺の前で煙草を吸うのはやめろ」

 右堂が、陽の光を浴びた睫毛を瞬かせて、呆れたように小首を傾げた。

「もし君の言う通りに吸うのをやめたとして、煙草で紛らわしていた疲労感や口寂しさはをどう埋めてくれるんだ? そんな責任取ってくれないだろう? 知ってるかい。煙草って依存性があるんだよ。僕はもう立派ないぞんしょ――……」

 右堂が言い終える前に、左神は右堂の腕を引き寄せ、唇を重ねていた。

 そっと触れた右堂の唇は乾いていたがふっくらと柔らかく、その甘美な感触に、無意識に下半身が疼いた。

 他人の皮膚に触れたのは久しぶりだ。それどころか唇を合わせたことなど初めてだった。

 思わず右堂の抱き込み、下唇を食む。なめらかさにうとりとしていると、右堂は腕の中でもがき、苦しそうに顔を逸らした。