強く、踏み込んで




「幸耶もおつかれ!」
「あぁ。……お父さんに会わせてくれてありがと」

幸耶は足を止め、かすかに笑った。
それがまた嬉しくて、目頭が熱くなった。自分のことのように喜んでくれる存在が傍にいること。それは、奇跡に近いことかもしれない。

夜なのに、陽だまりのような温かさを感じている。
幸耶がいると顔が火照って、ずっと夏みたい。

「あ〜……幸耶。……今日も泊まってく?」
「疲れてるだろ。今日は帰るよ」
「いやっ俺は全然疲れてないから大丈夫! お前が疲れてるんじゃないか、って思って」

ぶんぶんと手を振り、階段を指し示す。
「お……叔父さんから大量に貰った素麺消費しないといけないし」
引き止める言い訳には弱いと思ったけど、幸耶は吹き出し、横を通り過ぎた。
階段を一段上がり、振り向きざま俺に手を差し出す。

「ありがとっ。じゃ、一緒に頂くよ」
「……おう!」

その手を取り、二人で階段を上がる。
うだるような熱気が俺達を包んでいる。今思えば初めっから。
遠くに広がる淡い藍色は、目眩がしそうなほど綺麗で、それが幸耶の髪と重なっていた。







もうすぐだ。もうすぐ夏が終わる。

それと同時に、俺の青春も終わる。紙のカレンダーにバツ印をつけ、ひとりため息をついた。
幸耶と墓参りに行った日から数日が経ち、とうとう卒業検定の日を迎えた。

カーテンを開け、眩しい朝日に目を細める。

「来ちゃったなぁ……」

怖い。試験はもちろん、幸耶の結果が。

幸耶が受かったら、夏も終わりだ。互いに大学とバイトに専念して、自然と離れていくだろう。
それが当然なんだけど、俺は一瞬だけ、とんでもなく最低なことを考えた。

試験を、一緒に落ちてしまいたい。

そうすれば幸耶はまだ俺の家に遊びに来て、一緒に教習所に通える。

─────会う理由を作れる。

「はぁ……」

両手で顔を覆い、重い足取りで洗面所に向かう。
コップには幸耶の歯ブラシがあったが、なるべく見ないようにして顔を洗った。

「よし! やるぞ!」

馬鹿なことを考えるのはやめだ。
絶対受かる。俺も、幸耶も。

ここで踏みとどまったら、生きる意味や目標を塗り潰すようなものだ。そんなことしたら、未来の俺は今の俺を一生恨むだろう。
目の前のことに囚われないで、ずっと先のことに目を向けよう。

そこに幸耶がいないとしても、歩かなきゃいけない。……独りで生きなきゃいけないんだ。

服を着替え、鞄を持つ。仮免許証を持ち、駆け足で教習所へ向かった。

「あら。今日卒業検定よね? 頑張ってね」
「ウッス!」

窓口の女性に鼓舞され、広間へ向かう。やや踵を浮かせて辺りを見回していると、背中を叩かれた。

「風月」
「幸耶。おはよ!」

良かった。お互い寝坊はしないで済んだみたいだ。
今日は互いに直接教習所へ向かい、心を落ち着かせることにしていた。
中の雰囲気はいつもとまるで変わらないけど、
何度も深呼吸し、神に祈る。

「あ〜〜緊張する。口から十二指腸が出そう」
「午前に外で運転して、午後は所内か。結果はすぐ出るけど一日がかりだから嫌だよな」

幸耶は苦笑し、壁の柱に寄りかかった。
さすがに彼は平常心だが、俺はため息しか出ない。

「そうだ、この前卒検落ちて泣いてる娘がいてさ。いやー、俺も落ちたら泣きたい。でも男が泣いたら引くよな?」
「いいや……と言いたいけど、…………そうだな」

とてもクールな返事が返ってきた為、エナジードリンクを一気飲みした。そして昔間違えて買った交通安全の御守りを翳し、ぶつぶつと呟く。
「守りたまえ祓いたまえ……」
「もう何に祈ってんのかよく分かんないな……」
周りには同じく試験を控えた生徒が集まってきていた。試験官は外部の人らしく、優しそうなおじいさんが多かった。

うぅ……。
本番に強いとは言え、さすがに緊張する。
とにかく急発進急ブレーキを避けて、自転車に気をつけて、黄色信号は止まって……。
頭の中でぐるぐる考えていると、不意に頬を突つかれた。

「かーづき。笑顔」
「……」

振り返ると、幸耶は笑っていた。
緊張しないのかよ……とツッコみたかったけど、彼の顔を見たら全身の力が抜けた。

あれほど試験のことで頭がいっぱいだったのに……今は彼に目を奪われ、動けないでいる。

あぁ。
もう、好き過ぎてやばい。

彼と会わなければここには来られなかった。……ここまで来られなかった。

胸元に手を当て、深く息を吸う。父を亡くした日のことがフラッシュバックしそうだったが、何度も深呼吸して気持ちを落ち着けた。

大丈夫だ。幸耶がいるから。

「迎さん、いますか?」
「あっ、はい!」

名前を呼ばれ、急いで鞄を掛け直す。駆けようとしたが、慌てて幸耶の方を振り向いた。

「行ってくる」
「あぁ。頑張れよ」

軽くハイタッチして、彼と別れた。
怖い。合否の問題はもちろん、運転することが。

でも運転したい。相反する感情がせめぎ合い、俺の背中を押す。
担当してくれる試験官にお辞儀し、元気よく挨拶した。

「迎です。宜しくお願いします!」