ログハウスの裏庭にカズマ様が設けてくださったハンモックに揺られ、私ことアルレーネは午後のひと時を過ごしていた。
ゆるやかに揺れるリズムが心地よくて、寝ているのか起きているのか自分でもわからくなってしまう。
ああ、なんて幸せな時間なんだろう。
この体に受肉する以前──ステンの森で精霊たちと共に暮らしていた頃でさえ、こんな穏やかな時間を過ごしたことはない。
特にここ数年は安寧とは程遠い日々だった。
森からマナが枯渇しかけていたせいで、次々と精霊たちが姿を消していったのだ。
思い返すと、今でも胸が痛くなる。
私はただ傍観することしかできなかった。
精霊姫としてステンの森の精霊たちを取りまとめてはいたけれど、私の力でもマナを復活させることは難しかったからだ。
マナは自然の摂理と深く関わる、命の源。
神樹様が朽ちかけてステンの森からマナが消えていったのは、神が定めし循環のひとつ。
いかなる者の力をもってしても抗えない必然──のはずだった。
「……あっ」
そのとき、私の頬を風がふわりと撫でていった。
庭を通り抜ける涼やかな風にはマナが満ちていた。
思わず笑みがこぼれてしまうのは仕方がないことだろう。
なにせ、この農園を流れる風には、今まで味わったことがないくらい高純度のマナがあふれているのだから。
「はぁ……すごく良い風ですね」
う~んと大きく伸びをした。
だけど、思いっきり伸びをしてしまったせいで、危うくハンモックから転げ落ちそうになってしまった。
危ない危ない。
こんなところをカズマ様に見られたら笑われてしまう。
「精霊姫の沽券に関わりますからね……」
私がドジであることはバレないようにしないと。
カズマ様の農園に住むことになり、一週間が経った。
精霊や森からやってきたモンスターのおかげで大豊作が続き、カズマ様も大いに喜んでいるご様子。
さらに、神樹様も青々とした葉をつけ、以前の神々しさを取り戻しつつある。
農園にマナが溢れているのは神樹様のおかげだ。
この調子だったら、そう時間をおかずともステンの森も数十年前の命あふれる美しい姿に戻るはず。
本当にカズマ様には、感謝の気持で一杯だ。
「だけど、どうしてカズマ様はこんな場所に農園を作ったのでしょう?」
ハンモックに揺られながら、そんなことを口ずさんでしまった。
ステンの森には危険なモンスターも少なからず存在している。
ゆえに、人々からは立ち入れば命はない「死の森」と恐れられているし、勇猛果敢な熟練冒険者でも近づこうとはしない。
命よりお金が大事な商人ですら、避けて通ると耳にしたこともある。
そんな所に農園を開くなんて。
もしかすると、特別な加護をお持ちなのかもしれない。
例えば──豊穣神サクツチ様とか。
カズマ様はあのフェンリルの一族を従えていらっしゃるし、その線も十分考えられる。
「まぁ、カズマ様の魅力の虜になってしまっただけなのかもしれないですが」
かくいう私も、彼の魅力に惹かれてしまったひとりなのだ。
カズマ様のお力になりたいと切り出したのは、ステンの森の復興に協力したいと思ったからだが、少なからず彼の傍にいたいという気持もあった。
「……しかし、最悪な初対面でしたね……うぅ」
初めてカズマ様にお会いしたときのことを思い出すと今でも顔が熱くなる。
カズマ様の顔が近くにあったからといって、いきなり叫んでしまうなんて。
なんてはしたないことをしてしまったのか。
慌てて取り繕ったおかげで、私がビビりであることは隠し通せたけれど。
「……あ、また良い風が来ましたね」
目を閉じて、心地良い風を全身で受け止める。
しかし、この農園は本当にマナの純度が高い。
これほどのマナが生まれているのであれば、もしかすると「あの方」も存在に気づいているかもしれないな。
そう考えた瞬間、嫌な予感が脳裏をよぎる。
「し、使者を出して伝えておいたほうが良いかもしれませんね」
彼はとても慈悲深く、温厚な方。
だけど、非常にネガティブな思考の持ち主でもあるので、この農園やカズマ様のことを悪く捉えられてしまうかもしれない。
例えば、人間が自分の存在に抗うために作った場所だとか。
──あり得る。
顔を青ざめる彼の姿が、容易に想像できる。
カズマ様とこの農園の住人たちに敵意はなく、あなたの存在が脅かされることはないとはっきり明言しておかないと。
「シルフィ、いますか?」
慌てて名を呼ぶと、一匹に風の精霊がふわりと飛んできた。
「伝言を頼めますか?」
「……」
シルフィがこくりとうなづく。
私はシルフィに事細かく農園やカズマ様のことを伝えてから、「ルミナリアの花」を一輪渡した。
この花は別名「月詠花」とも呼ばれていて、私のマナに反応して青く輝く特性を持っている。
これが私からの正式な伝言だと証明することができるだろう。
「では、お願いします」
シルフィはルミナリアの花を大事に抱えると、光の粉をふりまきながら空へと消えていった
雲一つない青空を眺めながら、再びハンモックに背を預ける。
「……そうだ。農園の発展のために友好的な条約を結ぶのもアリですね。この場所に来てカズマ様とお会いすればあの方──魔王ネロス様もきっと納得してくださるでしょうし」
カズマ様は「鉄鉱石が必要」とおっしゃっていました。
ここで採れない素材や食材、人材を魔王領から提供できれば、きっとカズマ様もお喜びになるはず。
──ありがとうございます、アルレーネ様。
そう言って、はにかむように笑うカズマ様を想像する。
「えへ……えへへ」
つい頬が緩んでしまった。
カズマ様のことを考えると心がぽかぽかと暖かくなるのは、どういうことだろう。これも、神の加護の効果なのだろうか。
流れていくマナの風を胸いっぱいに吸い込み、幸せを噛みしめる。
精霊たちのことを憂いていた毎日は、もうずっと遠い昔のように思えた。
ゆるやかに揺れるリズムが心地よくて、寝ているのか起きているのか自分でもわからくなってしまう。
ああ、なんて幸せな時間なんだろう。
この体に受肉する以前──ステンの森で精霊たちと共に暮らしていた頃でさえ、こんな穏やかな時間を過ごしたことはない。
特にここ数年は安寧とは程遠い日々だった。
森からマナが枯渇しかけていたせいで、次々と精霊たちが姿を消していったのだ。
思い返すと、今でも胸が痛くなる。
私はただ傍観することしかできなかった。
精霊姫としてステンの森の精霊たちを取りまとめてはいたけれど、私の力でもマナを復活させることは難しかったからだ。
マナは自然の摂理と深く関わる、命の源。
神樹様が朽ちかけてステンの森からマナが消えていったのは、神が定めし循環のひとつ。
いかなる者の力をもってしても抗えない必然──のはずだった。
「……あっ」
そのとき、私の頬を風がふわりと撫でていった。
庭を通り抜ける涼やかな風にはマナが満ちていた。
思わず笑みがこぼれてしまうのは仕方がないことだろう。
なにせ、この農園を流れる風には、今まで味わったことがないくらい高純度のマナがあふれているのだから。
「はぁ……すごく良い風ですね」
う~んと大きく伸びをした。
だけど、思いっきり伸びをしてしまったせいで、危うくハンモックから転げ落ちそうになってしまった。
危ない危ない。
こんなところをカズマ様に見られたら笑われてしまう。
「精霊姫の沽券に関わりますからね……」
私がドジであることはバレないようにしないと。
カズマ様の農園に住むことになり、一週間が経った。
精霊や森からやってきたモンスターのおかげで大豊作が続き、カズマ様も大いに喜んでいるご様子。
さらに、神樹様も青々とした葉をつけ、以前の神々しさを取り戻しつつある。
農園にマナが溢れているのは神樹様のおかげだ。
この調子だったら、そう時間をおかずともステンの森も数十年前の命あふれる美しい姿に戻るはず。
本当にカズマ様には、感謝の気持で一杯だ。
「だけど、どうしてカズマ様はこんな場所に農園を作ったのでしょう?」
ハンモックに揺られながら、そんなことを口ずさんでしまった。
ステンの森には危険なモンスターも少なからず存在している。
ゆえに、人々からは立ち入れば命はない「死の森」と恐れられているし、勇猛果敢な熟練冒険者でも近づこうとはしない。
命よりお金が大事な商人ですら、避けて通ると耳にしたこともある。
そんな所に農園を開くなんて。
もしかすると、特別な加護をお持ちなのかもしれない。
例えば──豊穣神サクツチ様とか。
カズマ様はあのフェンリルの一族を従えていらっしゃるし、その線も十分考えられる。
「まぁ、カズマ様の魅力の虜になってしまっただけなのかもしれないですが」
かくいう私も、彼の魅力に惹かれてしまったひとりなのだ。
カズマ様のお力になりたいと切り出したのは、ステンの森の復興に協力したいと思ったからだが、少なからず彼の傍にいたいという気持もあった。
「……しかし、最悪な初対面でしたね……うぅ」
初めてカズマ様にお会いしたときのことを思い出すと今でも顔が熱くなる。
カズマ様の顔が近くにあったからといって、いきなり叫んでしまうなんて。
なんてはしたないことをしてしまったのか。
慌てて取り繕ったおかげで、私がビビりであることは隠し通せたけれど。
「……あ、また良い風が来ましたね」
目を閉じて、心地良い風を全身で受け止める。
しかし、この農園は本当にマナの純度が高い。
これほどのマナが生まれているのであれば、もしかすると「あの方」も存在に気づいているかもしれないな。
そう考えた瞬間、嫌な予感が脳裏をよぎる。
「し、使者を出して伝えておいたほうが良いかもしれませんね」
彼はとても慈悲深く、温厚な方。
だけど、非常にネガティブな思考の持ち主でもあるので、この農園やカズマ様のことを悪く捉えられてしまうかもしれない。
例えば、人間が自分の存在に抗うために作った場所だとか。
──あり得る。
顔を青ざめる彼の姿が、容易に想像できる。
カズマ様とこの農園の住人たちに敵意はなく、あなたの存在が脅かされることはないとはっきり明言しておかないと。
「シルフィ、いますか?」
慌てて名を呼ぶと、一匹に風の精霊がふわりと飛んできた。
「伝言を頼めますか?」
「……」
シルフィがこくりとうなづく。
私はシルフィに事細かく農園やカズマ様のことを伝えてから、「ルミナリアの花」を一輪渡した。
この花は別名「月詠花」とも呼ばれていて、私のマナに反応して青く輝く特性を持っている。
これが私からの正式な伝言だと証明することができるだろう。
「では、お願いします」
シルフィはルミナリアの花を大事に抱えると、光の粉をふりまきながら空へと消えていった
雲一つない青空を眺めながら、再びハンモックに背を預ける。
「……そうだ。農園の発展のために友好的な条約を結ぶのもアリですね。この場所に来てカズマ様とお会いすればあの方──魔王ネロス様もきっと納得してくださるでしょうし」
カズマ様は「鉄鉱石が必要」とおっしゃっていました。
ここで採れない素材や食材、人材を魔王領から提供できれば、きっとカズマ様もお喜びになるはず。
──ありがとうございます、アルレーネ様。
そう言って、はにかむように笑うカズマ様を想像する。
「えへ……えへへ」
つい頬が緩んでしまった。
カズマ様のことを考えると心がぽかぽかと暖かくなるのは、どういうことだろう。これも、神の加護の効果なのだろうか。
流れていくマナの風を胸いっぱいに吸い込み、幸せを噛みしめる。
精霊たちのことを憂いていた毎日は、もうずっと遠い昔のように思えた。



