ユタラプトル。白亜紀に生息していた、二足歩行の肉食恐竜(・・・・)
 それがなんでここにいる!?
 
 そう思った瞬間だ。ピッという機械音が聞こえたかと思うと、視界に小さなスクリーンのようなものが浮かんだ。そこに書かれていたのは――

【対象:ユタドラゴン(幼体雄】 / 状態:空腹・警戒  / 関係:中立】

 ――というもの。
 あ、解析眼! これが解析結果なのか。へぇ、生き物にも適用される――空腹!?

「ま、待て。俺は美味しくないぞ?」
「フンッフンフンフンッ」

 こいつ、俺の鞄をじっと睨んでる。あ、鞄も転移してきてんだな。
 そうだ。コンビニで買った焼き鳥があるんだった。もしかしてそのニオイに釣られてるのか?
 串を取り出して差し出すと、ダバダバと涎を出し始めた。

「焼き鳥、食べるか? ん? 美味そうだろ」
「クアッ」
「よし取ってけー!」

 袋ごと焼き鳥串を投げる。ユタラプトル改めユタドラゴンがそれを追いかけた。
 回れ右をしてダっと走り出す――が、強い力に引っ張られ一歩も動けず、勢い余ってその場に倒れてしまった。

「な、なんだ!? うげっ」
「クアアァーッ」
「は、離せ!」

 ユタだ。ユタドラゴンの子供が、俺の左足を抱え込んでホールドしている。
 その口元にはさっき投げた焼き鳥串が。
 おい嘘だろ。こいつ、めちゃくちゃ足が速いじゃないか。身体能力強化の効果はどこだー!?

「やめろっ。どこに引っ張っていこうとしているんだ!?」
「クアァァーッ」

 クソッ、めいっぱい踏ん張っても、全然抗えない。体高は五十センチ程度しかないのに、なんて力だ。
 けどこいつ、こんな立派な鋭い爪を持ってるのに、まったく俺に足にその爪を立てていない。
 傷つけるつもりはない、のか?

 やがて森を抜け、そこに見えたのは町――ただし、ほとんどの建物は瓦礫と化している。その瓦礫も黒く煤け、いったいこの町で何が起きたのか知りたいような知りたくないような、そんな不安にさせる。
 どう見ても人が暮らしているようには見えないな。
 それに、どことなく空気が重く、薄っすらと赤黒い靄がかかっているように見える。
 そんな町の一角で、比較的無事な建物があった。形としては教会っぽいけど。

 ユタドラゴンはまさにその教会へと俺を引き釣りながら入った。
 そこには俺より一回り大きいサイズのユタドラゴンが横たわっていた。
 姿を視界に捉えた時から浮かぶ解析眼の結果。

【対象・ユタドラゴン(成体雌)/  状態:瀕死・毒・魔力欠乏】
 
「お前……もしかしてこいつを助けて欲しくて、俺を連れてきたのか?」
「クゥゥ」

 涙を流しながら母親の足に縋りつく子ユタ。母親は全身が傷だらけで、体はもちろんだが床の上にも血だ溜まりが出来ている。皮膚には紫色の斑点。どこか鼻を刺激するようなニオイもある。

 泣く子ユタを見ていると、なんとかしてやりたい気持ちにはなる。
 俺自身、親に縋った記憶はない。昔は親に甘えている同級生を見て羨ましがったりもしたけど、今はもう、そんな気持ちもわかなくなった。
 だけど代わりに分かったこともある。
 家族仲がいいっていうのは、いいことだって。

「クソ。俺には何もできないのか……頼む、誰かこの親子を助けてやってくれ。頼む……」

 祈るように呟いたその言葉が、誰かに届いたのかはわからない。
 だけど、俯いた視線の先――床が捲れて露になった土が、もこ、もこもこと盛り上がって光り出した。

「な、なんだこれ!?」
「クアッ」

 眩しい!
 が、光は直ぐに収まり、目を開いて土を見ると……芽が、出ていた。

「なんの芽だ? おいおい、食おうとするなっ」
「ンクアァ」
「か、解析眼、出ろぉーっと出た」

【対象:エリクサー草の芽 / 伝説級の万能薬草 / 蔓が一メートル以上に伸びたら収穫可能】

 ま? え? エリクサー!?
 一メートル以上伸びたらって、ぐんぐん伸びてもうじき一メートル……いや一メートル超えたぞおい!

「しゅ、収穫だ。えっと、これ食べさせるだけでいいのか? ポーションしたりとかは?」
「ククククアッ。クックアッ」
「そ、そうだ。こんな時こそ万能クラフトの出番だろ。どうやってスキルを使うんだ? 万能クラフト!」

 あ、またスクリーンが出てきた。今度はノートPCのモニターぐらいはある。
 左にメニュー、右が作業画面っぽいな。どうすりゃいいんだ、これ。
 すると解析眼が反応した。
 モニターの上に「エリクサーと器となる素材を入れてください」と表示される。
 素材を入れろ? どこに? まぁとりあえずモニターに押し当ててみるか。
 で、中に吸い込まれると。器の素材は、まぁ石でいいだろう。
 うん。解析眼も【器の素材として可能】と表示している。これもブッ込んでっと。

「待ってろ。なんか出来そうだからな」
「クッ。ンククククク」

 モニターの右側には【器をクラフトしますか?】【はい、いいえ】が表示されているので、もちろんはいだ。同じようにエリクサーポーションもクラフトして完成。
 モニターに手を突っ込み、出来上がったポーションお椀を取り出して、それを息も絶え絶えな状態の母ユタドラゴンの口へと流し込んだ。

 頼む。助かってくれ。
 完成したポーション液を全て流し込み終えると、その効果は直ぐに現れた!
 息遣いは穏やかになり、紫色に染まった皮膚は子ユタと同じ明るい茶色へと戻った。そして傷だ。明らかに深いとわかる傷も、あっという間に塞がってしまっている。
 す、すげぇー。さすが伝説級!

「クアックアァーッ」
「ク……ククク」

 子ユタが嬉しそうに母親に縋った。それで母親が意識を取り戻したみたいだ。

「よかったな。けど母ちゃんはまだ怪我が治ったばかりだ。あんまり体を揺さぶるんじゃないぞ」
「アッ」

 俺の言葉が理解出来ているのか? ぐいぐい甘えていたけど、離れて母親の側に座り込んだ。

「ヒ、ト……あなたが、助けて……」
「え!? に、人間の言葉を話せるのか!?」
「えぇ……学ぶ知識、ある……」
「まだ苦しそうだな。エリクサーが効いてないんだろうか?」
『うぅん。もう大丈夫、なの。でも、エリクサーでは、失った血の回復には、少し時間がかかる、の』

 へぇ、そうか――って誰!?
 大人の女性的な声の母ユタに対し、今のは女の子。子供の声だ!
 不安になって辺りをキョロキョロと見渡すと、奥の壁際にあった大きな石が――光った!?

「今度は一体何なんだあぁぁーっ!?」
「ククックアァーッ」

 この光……さっきエリクサーが芽生えた時のあの光に似て――。