※※※
「今日は冷えるのでカップ麺も食べようと思います! 律月、味噌と醤油どっちがいい?」
カップ麺をリュックから取り出したら律月が流石に慌てた感じになったからしてやったりって気分だ。
「味噌がいい。お湯どうすんの? 先輩おにぎり梅とおかかどっちがいい?」って両手にアルミホイルに包まれたおにぎりを持って、長い腕を僕に向かって手をさし伸ばしてきた。
「梅干しの方がいい。これ持ってきた!」
リュックを漁って電気ケトルを手に鼻高々の僕に、律月は端正な顔を豪快にクシャって歪めて大笑いした。まあ、律月ってビジュ良すぎてあんまり崩れてないけどさ。
「電気ケトル!! アユちゃん先輩、まじか。家からこれ持ってきたの?」
「そーだよ。最近寒さやばいじゃん? びっくりさせようと思って。暖かい汁もの食べたいって思ったから。あー汁は飲み干せよ? 流しに流した先輩がいて学校で食べるの禁止になったらしいからさ」
「禁止なんだ?」
律月、爽やかな容姿でにやって悪い顔も中々いい感じだぞ。
「飲み干して、二重にビニール袋に入れて捨てれば大丈夫だろ」
「昨日のホットサンドメーカーといい、これといい。先輩、発想がほんと、天才すぎる」
「やっぱ人生楽しまないとさあ!」
あの日から一週間。日に日に寒さは増してきたけど、僕と律月はここで昼を食べ続けてる。初めてここであった翌日、律月はパンをあげたお返しに、僕にミルクティとおにぎりを持ってきてくれた。
次の日は律月の母さんが、兄と弟がいる律月たち三兄弟の為に大量に揚げたっていう唐揚げを持ってきた。その日は僕の弁当は姉さんが作った焼きそばがぎゅうぎゅうに詰まってて、悪くはなかったんだけど米も食べたくて仕方なくなった。
それで律月と連絡先を交換して、昼に何を食べるか前の晩に相談する感じになった。まあカップ麺とかホットサンドとかは、なんか驚かせたくて内緒でやったんだけどさ。
「りつきぃ、人来ないよな?」
「大丈夫」
「初日、たまたま先生が来てさ、『体育館の中では飲食禁止だからな』って言われんだよ。中はいってないのに」
「それはウザい」
「ウザいよね~」
「でもま、勝手にコンセント使ってんのばれたらやばいから見張り続けて」
ペットボトルに水を入れてきたから、それを注いで、体育館にこっそり入り込んで探し出したコンセントで湯が沸いた。
「これで、珈琲とか紅茶入れんのも楽しいかも。豆から入れる奴。昼からかなりチルだな。あっちの林が山に見えなくもない」
「アユちゃん先輩、意外とマメで丁寧な暮らしとか大人になったら好きそう」
「そうかあ? 律月のがまめじゃん」
律月は意外とマメだってわかった。お湯をもって戻ったいつもの場所にはレジャーシートにアウトドア用のアルミの小さなテーブル。さらにミルクティーカラーのブランケットが二枚も置かれていた。全部律月が学校に持ち込んだものだ。父親がキャンプが好きで、そのグッズが家にあったんだって。
「どんどん増えてくな。これ全部ロッカーに置いてるのか? 教科書はいらなくない?」
「綺麗に畳めば入るから。先輩はなんでもぐちゃぐちゃって片づけるから入らなくなるんだろ」
「悪かったな。ガサツで」
テーブルの上に蓋を開けたカップ麺を載せて、お湯を注ぐと湯気がふわりと上がった。
「お湯、ぎり、足りた?」
「足りた。タイマーセットした。4分待ってろ。くしゅんっ、くしゅっ」
って言った後なんかくしゃみが出てしまった。
「何その仔犬みたいなくしゃみ! アユちゃん先輩、ほらここ座って。あったかくしないと」
一枚敷いたブランケットの上に、僕の手を引いて座らせた。ふかふかと暖かい。コンクリートの上に直に座ってた頃からしたらものすごい進化だ。
「お前がモテんの、なんか分かる」
律月は目元を細めると、まあ美形なんだけどちょっと何考えてるのか分からない感じになるの、独特な感じだ。
「毒舌アユちゃん先輩から褒められるとは」
「その長ったらしいあだ名やめてくれない?」
「じゃあ、アユちゃん!」
「調子にのるなよ。一年。アユ先輩でいいだろ。それに僕、別に毒舌じゃないし。気を許した相手にはそりゃ、ちょっと口が軽くなるけど」
「へー。俺に気を許してるんだ?」
「……まあな。今学校でいちばん喋ってるかもしれないし。お前と喋んの楽しいし」
「かーわい。先輩こそタラシだ。俺今きゅんってなった」
わざとらしく胸の辺りを抑える仕草に、僕は口の形で『げー』ってやった。
「お前、そういう軽口叩くからさあ。女子に色々……」
「色々?」
「何でもない。クシュっ」
「風邪? 大丈夫?」
「別にまだ喉とか痛くないし、大丈夫だから」
「昨日何度か咳してたし、先輩が風邪ひいたら、今度は俺がボッチになるだろ」
「えっ。律月、でかいのにボッチ嫌なんだ?」
「大きさ関係なくない?」
「僕が居ないと寂しい?」
からかったつもりだったんだけど、黒目が大きい切れ長の目に捉えられてクスッと微笑まれた。
「寂しいよ」
「うぐっ」
というか照れてしまう。多分絶対、こいつとさしでご飯食べたい人なんて沢山いるんだろうなって思う。モテオーラ全開のビジュアルなのに、たまに年下だなって雰囲気醸し出されると面倒見てやりたくなっちゃうだろ。
「そう、律月に真っすぐ言われると、なんか調子狂うなあ」
「だから風邪ひいちゃダメだよ。アユ先輩に休まれたら困る」
さらにひざ掛けサイズのブランケットで頭から被せられた。
「ほら。暖かくしないと」
乱れた前髪を直そうとしたら、立膝をついた姿勢のまま、僕を見下ろして前髪を指先で直してくる。細やかな仕草にされるがまま。こいつの距離感のバグりは今に始まったことじゃない。
もっとかがめばキスでもできそうな距離で世話やかれると、男同士だって流石にドキドキする。そんなのこいつに悟られたら、それいじられそうで絶対言いたくないけど。
目をそらして下を向いたら、知ってか知らずか、律月が大きな掌でむぎゅっと俺の頬を顎ごと挟んできた。
「なにすんだよ」
「顔ちっちゃい。片手でここまで掴める。まつげ長いっすね、アユ先輩。上目遣い、この距離だとドキッとする」
「な、なにいってんだよ!」
(こういうとこ、女子がきっと付き合えるに違いないって思っちゃうんだろうなあ)
「なーあ、律月って好きなやついるの? そうなら誰に対してもこんなふうに距離近いの、止めた方がいいぞ。男の俺はともかく、女子にやったら絶対やばいから。思わせぶりの、勘違い大量生産される」
「それ、聞きますか? クズ一年に」
「うわー。そのあだ名覚えてたんだ。地獄耳すぎ」
「初対面でシャボン玉吹いてたふわふわ系でポメみたいに可愛いくせに、口開いたら毒舌だな、この人って思ったから」
「うるさいなあ。それで、お前。好きなやついるのかよ」
「うーん。今は気になる人がいるかな」
僕から目をそらして、なんか少しとぼけた言い方だから、これはホントなのか嘘なのか分からん。はぐらかしやがって、つまらんな。
「好きなやつ、いるんだ?」
「好き、そうだな。好きかも」
「どんな子?」
「……なんかすげえ、面白い子」
「ふーん。クラスメイト? その子がいたからこの間の子ふったの? 告白とかしないの?」
じいっと見つめてたら「ま、そのうちな」ってふいっと目線を外された。
「えー。教えてよ」
今度はカップ麺のタイマー音に出鼻をくじかれた。
「食べましょう。いい匂いすぎて腹が限界」
「たしかに」
律月は割り箸を割って僕に渡してくれる。続けて蓋を取ったカップ麺。至れり尽くせり。
律月の方の食べる準備ができたところで「「いただきます」」って、二人ではもった。
もはや二週間で、僕らの息はピッタリなんだ。
「アユ先輩って、土日何してます?」
律月は飲み物みたいにラーメンを食べ終わって、早くもデカデカおにぎりに到達してる。こりゃ育ち盛りだって感じの食べっぷりだ。
「あー。今週は土曜パン屋のバイトに入ってる。平日はコンビニでもバイトしてるよ」
「じゃあ、日曜は空いてます?」
「空いてる」
「……今度、二人で出かけません?」
「いいよ」
「やった」
(そこは気になる子、誘った方がいいんじゃないか?)
ツッコミ入れようとしたけど、おにぎりを平らげた律月が結構いい顔で嬉しそうにしてたからやめておいた。
今日は曇り空。冬が近づいてる。ラーメンは美味い。こんなとこで食べると余計に美味い。
姉さんに見つかったら怒られそうだけど、きっちり汁まで飲み干してカップを重ねてレジ袋にきっちり二重にして律月が捨ててる。
「なあ、律月。来週さ、昼休み教室戻る?」
「えっ……」
「えって。来週天気悪くなるらしいし、ここだと雨が吹き込むから。それにお前だって寒いだろ?」
律月が急に立ち上がったかと思ったら、僕の後ろに回ってどかっと座る。律月が胡座を書いた姿勢になって、ブランケットを被った僕をぐっと自分の膝の上に引き寄せてきた。
(バ、バ、バックハグ、だと?)
動揺を悟られたくないのに長い腕の中に捕らえられたら、自然とその腕に手を添えてしまった。温もりは伝わる、けども! なんで急にバッグハグ?!
じっとしてたら伝わってくる熱で、律月の腕ん中は広くて暖かい。大きな手がぐっと僕に絡みついて来た。
「……まだ、少しだけ、続けません? ほら、こうしてたら暖かいし」
頬や首筋に、温かい律月の吐息がかかるのがこそばゆい。
「……こ、これ。律月は暖かいのか?」
そしたらさらにぎゅうって強く抱きしめられた。
「ひゃあ!」
動揺がバレないようにしたいのに、声が上擦ってアホみたいだ。律月が耳元でクスクス笑ってる。律月は余裕そう。流石モテイケメン。
「先輩、うちのワンコみたいに暖かいよ。あったかくて、すごく可愛いんだ。あいつも」
「……律月、まだ教室戻りたくないのか?」
「先輩こそ。なんでここでボッチしてるんですか?」
それはお互い、言いづらくて聞きづらくてそのままになってたやつ。なんでここで昼飯食べる羽目になってるのかって。
「この姿勢だったら。顔見なかったら言える?」
「お前こそ、この姿勢ならいえるのか? 先に言えよ」
「……そうですね。でも、聞いて気まずくなって逃げるの無しですよ?」
「こんな、がっしり抱きしめられてたら逃げられないって」
「……そうだね。逃がさない」
「こっわ」
「こんな面白い人、他に居ないから。俺が独り占めしてんの」
ぎゅぎゅうって抱きしめられてそのまま黙ってしまったから、僕は律月の腕を強く掴んだ。
「……誤魔化さないで。で、なんで?」
少しだけ間があいて、律月が囁くような静かな声で話し始めた。
「……俺にこないだ告白してきたクラスの子、俺の仲良い友達が好きな子」
(そっか……。そういうことか)
「あー。それは気まずいね」
「気まずいっしょ? 友達がその子のこと好きだって言うから、昼を教室で食べるグループも女子グループと一緒になって食べてて、友達の好きな子だから、俺なりに親切にしてた。距離が近いなとは思ったんだけど……。友達じゃなくて俺に告白してきた。だから最低な男って思われるような振り方して……。傷つけた。女子の噂回るの早いからさ。友達も俺の事最低な奴だって思って、今ちょっと気まずい 」
僕とはちょっと違うけど、律月も友達絡みの事で教室にいにくくなってたんだ。あの時感じた共感は間違いじゃなかった。
「そうなんだ……」
「教室にいると、今の俺は邪魔な奴だからさ」
切ないため息の後、僕の肩の辺りにグリグリって頭を押し付けられた。
甘えたな仕草に 胸がきゅうってしめつけられたから、僕はブランケットから腕を伸ばして黒髪が艶やかな頭を優しくなでてやった。
「律月、何も知らんでタラシとか言ってごめんな?」
「別にいいよ。これからは親切にするのは本当に好きな人にだけにしようって肝に銘じだから」
「そっか。わかったよ」
「ほんとにわかってる?」
なんて言いながら、頭から離そうとした俺の手を外側から指を添わせるみたいに掴んできた。
指の間に、長くて僕よりゴツゴツした指が差し入れられてぎゅうって掴む。
まるで手でもハグされてるみたいだ。
「だから、アユ先輩はこれからも俺とお昼を食べてくれないとダメだよ。いい? 俺はいくらでも親切にしてもいい相手ができて嬉しいんだから」
「まあ、そうか。そうだかな……」
(僕みたいなボッチ男子、放っておけないんだろうな。僕なら勘違いなんてされないし……)
う? なんか意識してなかったけどちょっと胸の当たりがチクってした感じに戸惑ってしまった。
「それで、先輩は?」
「僕は……」
口に出そうとして、そしたら遠くで予鈴がなった。
「律月、これ早く片付けないと」
「あー。明日土曜なのに、こんなん中途半端なのやだよ」
「やだよって、そんなガキみたいな」
ようやく僕を離して手際よく片付けを始めた律月を見る。
「ゴミ貸して。俺が持ってく」
「いいよ。リュックに入れるから」
「やめとけって。匂いつくし。寒い? ブランケットとったら可哀想だな。アユ先輩、ほっそいから、すぐ冷えそう。てか横顔とか白くてほっそりしてて、綺麗で……。たまに消えてなくなりそう。儚なすぎ」
「大丈夫だよ」
ぎゅむって正面から抱きしめてこられて、何となくのしかかってくるぬくぬく温かな大型犬を想像してしまった。
「今週の日曜日に会えない? 会えないの寂しいな」
教室に帰る時間のが寂しいなって思う程度には僕も寂しい。結構こいつのことが好き……。
(好き? 好きってなんだ?)
「今週は……、無理」
ああ、この男。律月。沼りそうなタイプ。一人をふったところで次から次に惚れられそうだ。
だってこんなに、格好よくてすごく優しい。
俺は律月の腕から逃げ出して、リュックに自分が持ってきたものを詰めながら下を向く。
「今日、放課後、少し話せない? 来週に持ちこしとか嫌なんだ」
「ここ、以外で、律月と会うの?」
ゾクってした。律月って、ここ以外ではきっとクラスの中心人物って感じだと思う。黙ってたら爽やかで理知的な見た目をしてて、人目を惹く。
片や僕っていえば……。
『あいつ、邪魔なんだよね』
投げつけられた訳じゃない、たまたま聞いてしまった言葉だけど、僕は蘇った言葉に身震いした。
「律月と、僕とじゃ、なんか釣り合わないだろ。学年違うし、見た目も雰囲気も真逆だし」
「なんだよ、それになんの意味があるの?」
「それは、人から見て……、釣り合わないと、いろいろ言われて……」
「他の誰かがどう言おうかなんて関係ないでしょ? 俺らがいいなら」
「関係なくないから、僕もお前も、ここに逃げてきてるんだろ?」
その時、律月の顔から笑顔が完全に滑り落ちて、足元でがちゃんって割れたような感じになった。
(言っちゃいけないこと言った……)
「僕……。ごめん。来週から、教室戻ろう」
「待って!」
それだけ言うと、律月の制止する声も無視して、僕は教室まで走って帰っていった。
「今日は冷えるのでカップ麺も食べようと思います! 律月、味噌と醤油どっちがいい?」
カップ麺をリュックから取り出したら律月が流石に慌てた感じになったからしてやったりって気分だ。
「味噌がいい。お湯どうすんの? 先輩おにぎり梅とおかかどっちがいい?」って両手にアルミホイルに包まれたおにぎりを持って、長い腕を僕に向かって手をさし伸ばしてきた。
「梅干しの方がいい。これ持ってきた!」
リュックを漁って電気ケトルを手に鼻高々の僕に、律月は端正な顔を豪快にクシャって歪めて大笑いした。まあ、律月ってビジュ良すぎてあんまり崩れてないけどさ。
「電気ケトル!! アユちゃん先輩、まじか。家からこれ持ってきたの?」
「そーだよ。最近寒さやばいじゃん? びっくりさせようと思って。暖かい汁もの食べたいって思ったから。あー汁は飲み干せよ? 流しに流した先輩がいて学校で食べるの禁止になったらしいからさ」
「禁止なんだ?」
律月、爽やかな容姿でにやって悪い顔も中々いい感じだぞ。
「飲み干して、二重にビニール袋に入れて捨てれば大丈夫だろ」
「昨日のホットサンドメーカーといい、これといい。先輩、発想がほんと、天才すぎる」
「やっぱ人生楽しまないとさあ!」
あの日から一週間。日に日に寒さは増してきたけど、僕と律月はここで昼を食べ続けてる。初めてここであった翌日、律月はパンをあげたお返しに、僕にミルクティとおにぎりを持ってきてくれた。
次の日は律月の母さんが、兄と弟がいる律月たち三兄弟の為に大量に揚げたっていう唐揚げを持ってきた。その日は僕の弁当は姉さんが作った焼きそばがぎゅうぎゅうに詰まってて、悪くはなかったんだけど米も食べたくて仕方なくなった。
それで律月と連絡先を交換して、昼に何を食べるか前の晩に相談する感じになった。まあカップ麺とかホットサンドとかは、なんか驚かせたくて内緒でやったんだけどさ。
「りつきぃ、人来ないよな?」
「大丈夫」
「初日、たまたま先生が来てさ、『体育館の中では飲食禁止だからな』って言われんだよ。中はいってないのに」
「それはウザい」
「ウザいよね~」
「でもま、勝手にコンセント使ってんのばれたらやばいから見張り続けて」
ペットボトルに水を入れてきたから、それを注いで、体育館にこっそり入り込んで探し出したコンセントで湯が沸いた。
「これで、珈琲とか紅茶入れんのも楽しいかも。豆から入れる奴。昼からかなりチルだな。あっちの林が山に見えなくもない」
「アユちゃん先輩、意外とマメで丁寧な暮らしとか大人になったら好きそう」
「そうかあ? 律月のがまめじゃん」
律月は意外とマメだってわかった。お湯をもって戻ったいつもの場所にはレジャーシートにアウトドア用のアルミの小さなテーブル。さらにミルクティーカラーのブランケットが二枚も置かれていた。全部律月が学校に持ち込んだものだ。父親がキャンプが好きで、そのグッズが家にあったんだって。
「どんどん増えてくな。これ全部ロッカーに置いてるのか? 教科書はいらなくない?」
「綺麗に畳めば入るから。先輩はなんでもぐちゃぐちゃって片づけるから入らなくなるんだろ」
「悪かったな。ガサツで」
テーブルの上に蓋を開けたカップ麺を載せて、お湯を注ぐと湯気がふわりと上がった。
「お湯、ぎり、足りた?」
「足りた。タイマーセットした。4分待ってろ。くしゅんっ、くしゅっ」
って言った後なんかくしゃみが出てしまった。
「何その仔犬みたいなくしゃみ! アユちゃん先輩、ほらここ座って。あったかくしないと」
一枚敷いたブランケットの上に、僕の手を引いて座らせた。ふかふかと暖かい。コンクリートの上に直に座ってた頃からしたらものすごい進化だ。
「お前がモテんの、なんか分かる」
律月は目元を細めると、まあ美形なんだけどちょっと何考えてるのか分からない感じになるの、独特な感じだ。
「毒舌アユちゃん先輩から褒められるとは」
「その長ったらしいあだ名やめてくれない?」
「じゃあ、アユちゃん!」
「調子にのるなよ。一年。アユ先輩でいいだろ。それに僕、別に毒舌じゃないし。気を許した相手にはそりゃ、ちょっと口が軽くなるけど」
「へー。俺に気を許してるんだ?」
「……まあな。今学校でいちばん喋ってるかもしれないし。お前と喋んの楽しいし」
「かーわい。先輩こそタラシだ。俺今きゅんってなった」
わざとらしく胸の辺りを抑える仕草に、僕は口の形で『げー』ってやった。
「お前、そういう軽口叩くからさあ。女子に色々……」
「色々?」
「何でもない。クシュっ」
「風邪? 大丈夫?」
「別にまだ喉とか痛くないし、大丈夫だから」
「昨日何度か咳してたし、先輩が風邪ひいたら、今度は俺がボッチになるだろ」
「えっ。律月、でかいのにボッチ嫌なんだ?」
「大きさ関係なくない?」
「僕が居ないと寂しい?」
からかったつもりだったんだけど、黒目が大きい切れ長の目に捉えられてクスッと微笑まれた。
「寂しいよ」
「うぐっ」
というか照れてしまう。多分絶対、こいつとさしでご飯食べたい人なんて沢山いるんだろうなって思う。モテオーラ全開のビジュアルなのに、たまに年下だなって雰囲気醸し出されると面倒見てやりたくなっちゃうだろ。
「そう、律月に真っすぐ言われると、なんか調子狂うなあ」
「だから風邪ひいちゃダメだよ。アユ先輩に休まれたら困る」
さらにひざ掛けサイズのブランケットで頭から被せられた。
「ほら。暖かくしないと」
乱れた前髪を直そうとしたら、立膝をついた姿勢のまま、僕を見下ろして前髪を指先で直してくる。細やかな仕草にされるがまま。こいつの距離感のバグりは今に始まったことじゃない。
もっとかがめばキスでもできそうな距離で世話やかれると、男同士だって流石にドキドキする。そんなのこいつに悟られたら、それいじられそうで絶対言いたくないけど。
目をそらして下を向いたら、知ってか知らずか、律月が大きな掌でむぎゅっと俺の頬を顎ごと挟んできた。
「なにすんだよ」
「顔ちっちゃい。片手でここまで掴める。まつげ長いっすね、アユ先輩。上目遣い、この距離だとドキッとする」
「な、なにいってんだよ!」
(こういうとこ、女子がきっと付き合えるに違いないって思っちゃうんだろうなあ)
「なーあ、律月って好きなやついるの? そうなら誰に対してもこんなふうに距離近いの、止めた方がいいぞ。男の俺はともかく、女子にやったら絶対やばいから。思わせぶりの、勘違い大量生産される」
「それ、聞きますか? クズ一年に」
「うわー。そのあだ名覚えてたんだ。地獄耳すぎ」
「初対面でシャボン玉吹いてたふわふわ系でポメみたいに可愛いくせに、口開いたら毒舌だな、この人って思ったから」
「うるさいなあ。それで、お前。好きなやついるのかよ」
「うーん。今は気になる人がいるかな」
僕から目をそらして、なんか少しとぼけた言い方だから、これはホントなのか嘘なのか分からん。はぐらかしやがって、つまらんな。
「好きなやつ、いるんだ?」
「好き、そうだな。好きかも」
「どんな子?」
「……なんかすげえ、面白い子」
「ふーん。クラスメイト? その子がいたからこの間の子ふったの? 告白とかしないの?」
じいっと見つめてたら「ま、そのうちな」ってふいっと目線を外された。
「えー。教えてよ」
今度はカップ麺のタイマー音に出鼻をくじかれた。
「食べましょう。いい匂いすぎて腹が限界」
「たしかに」
律月は割り箸を割って僕に渡してくれる。続けて蓋を取ったカップ麺。至れり尽くせり。
律月の方の食べる準備ができたところで「「いただきます」」って、二人ではもった。
もはや二週間で、僕らの息はピッタリなんだ。
「アユ先輩って、土日何してます?」
律月は飲み物みたいにラーメンを食べ終わって、早くもデカデカおにぎりに到達してる。こりゃ育ち盛りだって感じの食べっぷりだ。
「あー。今週は土曜パン屋のバイトに入ってる。平日はコンビニでもバイトしてるよ」
「じゃあ、日曜は空いてます?」
「空いてる」
「……今度、二人で出かけません?」
「いいよ」
「やった」
(そこは気になる子、誘った方がいいんじゃないか?)
ツッコミ入れようとしたけど、おにぎりを平らげた律月が結構いい顔で嬉しそうにしてたからやめておいた。
今日は曇り空。冬が近づいてる。ラーメンは美味い。こんなとこで食べると余計に美味い。
姉さんに見つかったら怒られそうだけど、きっちり汁まで飲み干してカップを重ねてレジ袋にきっちり二重にして律月が捨ててる。
「なあ、律月。来週さ、昼休み教室戻る?」
「えっ……」
「えって。来週天気悪くなるらしいし、ここだと雨が吹き込むから。それにお前だって寒いだろ?」
律月が急に立ち上がったかと思ったら、僕の後ろに回ってどかっと座る。律月が胡座を書いた姿勢になって、ブランケットを被った僕をぐっと自分の膝の上に引き寄せてきた。
(バ、バ、バックハグ、だと?)
動揺を悟られたくないのに長い腕の中に捕らえられたら、自然とその腕に手を添えてしまった。温もりは伝わる、けども! なんで急にバッグハグ?!
じっとしてたら伝わってくる熱で、律月の腕ん中は広くて暖かい。大きな手がぐっと僕に絡みついて来た。
「……まだ、少しだけ、続けません? ほら、こうしてたら暖かいし」
頬や首筋に、温かい律月の吐息がかかるのがこそばゆい。
「……こ、これ。律月は暖かいのか?」
そしたらさらにぎゅうって強く抱きしめられた。
「ひゃあ!」
動揺がバレないようにしたいのに、声が上擦ってアホみたいだ。律月が耳元でクスクス笑ってる。律月は余裕そう。流石モテイケメン。
「先輩、うちのワンコみたいに暖かいよ。あったかくて、すごく可愛いんだ。あいつも」
「……律月、まだ教室戻りたくないのか?」
「先輩こそ。なんでここでボッチしてるんですか?」
それはお互い、言いづらくて聞きづらくてそのままになってたやつ。なんでここで昼飯食べる羽目になってるのかって。
「この姿勢だったら。顔見なかったら言える?」
「お前こそ、この姿勢ならいえるのか? 先に言えよ」
「……そうですね。でも、聞いて気まずくなって逃げるの無しですよ?」
「こんな、がっしり抱きしめられてたら逃げられないって」
「……そうだね。逃がさない」
「こっわ」
「こんな面白い人、他に居ないから。俺が独り占めしてんの」
ぎゅぎゅうって抱きしめられてそのまま黙ってしまったから、僕は律月の腕を強く掴んだ。
「……誤魔化さないで。で、なんで?」
少しだけ間があいて、律月が囁くような静かな声で話し始めた。
「……俺にこないだ告白してきたクラスの子、俺の仲良い友達が好きな子」
(そっか……。そういうことか)
「あー。それは気まずいね」
「気まずいっしょ? 友達がその子のこと好きだって言うから、昼を教室で食べるグループも女子グループと一緒になって食べてて、友達の好きな子だから、俺なりに親切にしてた。距離が近いなとは思ったんだけど……。友達じゃなくて俺に告白してきた。だから最低な男って思われるような振り方して……。傷つけた。女子の噂回るの早いからさ。友達も俺の事最低な奴だって思って、今ちょっと気まずい 」
僕とはちょっと違うけど、律月も友達絡みの事で教室にいにくくなってたんだ。あの時感じた共感は間違いじゃなかった。
「そうなんだ……」
「教室にいると、今の俺は邪魔な奴だからさ」
切ないため息の後、僕の肩の辺りにグリグリって頭を押し付けられた。
甘えたな仕草に 胸がきゅうってしめつけられたから、僕はブランケットから腕を伸ばして黒髪が艶やかな頭を優しくなでてやった。
「律月、何も知らんでタラシとか言ってごめんな?」
「別にいいよ。これからは親切にするのは本当に好きな人にだけにしようって肝に銘じだから」
「そっか。わかったよ」
「ほんとにわかってる?」
なんて言いながら、頭から離そうとした俺の手を外側から指を添わせるみたいに掴んできた。
指の間に、長くて僕よりゴツゴツした指が差し入れられてぎゅうって掴む。
まるで手でもハグされてるみたいだ。
「だから、アユ先輩はこれからも俺とお昼を食べてくれないとダメだよ。いい? 俺はいくらでも親切にしてもいい相手ができて嬉しいんだから」
「まあ、そうか。そうだかな……」
(僕みたいなボッチ男子、放っておけないんだろうな。僕なら勘違いなんてされないし……)
う? なんか意識してなかったけどちょっと胸の当たりがチクってした感じに戸惑ってしまった。
「それで、先輩は?」
「僕は……」
口に出そうとして、そしたら遠くで予鈴がなった。
「律月、これ早く片付けないと」
「あー。明日土曜なのに、こんなん中途半端なのやだよ」
「やだよって、そんなガキみたいな」
ようやく僕を離して手際よく片付けを始めた律月を見る。
「ゴミ貸して。俺が持ってく」
「いいよ。リュックに入れるから」
「やめとけって。匂いつくし。寒い? ブランケットとったら可哀想だな。アユ先輩、ほっそいから、すぐ冷えそう。てか横顔とか白くてほっそりしてて、綺麗で……。たまに消えてなくなりそう。儚なすぎ」
「大丈夫だよ」
ぎゅむって正面から抱きしめてこられて、何となくのしかかってくるぬくぬく温かな大型犬を想像してしまった。
「今週の日曜日に会えない? 会えないの寂しいな」
教室に帰る時間のが寂しいなって思う程度には僕も寂しい。結構こいつのことが好き……。
(好き? 好きってなんだ?)
「今週は……、無理」
ああ、この男。律月。沼りそうなタイプ。一人をふったところで次から次に惚れられそうだ。
だってこんなに、格好よくてすごく優しい。
俺は律月の腕から逃げ出して、リュックに自分が持ってきたものを詰めながら下を向く。
「今日、放課後、少し話せない? 来週に持ちこしとか嫌なんだ」
「ここ、以外で、律月と会うの?」
ゾクってした。律月って、ここ以外ではきっとクラスの中心人物って感じだと思う。黙ってたら爽やかで理知的な見た目をしてて、人目を惹く。
片や僕っていえば……。
『あいつ、邪魔なんだよね』
投げつけられた訳じゃない、たまたま聞いてしまった言葉だけど、僕は蘇った言葉に身震いした。
「律月と、僕とじゃ、なんか釣り合わないだろ。学年違うし、見た目も雰囲気も真逆だし」
「なんだよ、それになんの意味があるの?」
「それは、人から見て……、釣り合わないと、いろいろ言われて……」
「他の誰かがどう言おうかなんて関係ないでしょ? 俺らがいいなら」
「関係なくないから、僕もお前も、ここに逃げてきてるんだろ?」
その時、律月の顔から笑顔が完全に滑り落ちて、足元でがちゃんって割れたような感じになった。
(言っちゃいけないこと言った……)
「僕……。ごめん。来週から、教室戻ろう」
「待って!」
それだけ言うと、律月の制止する声も無視して、僕は教室まで走って帰っていった。



