あめ ときどき うた


 世の中には2種類の人間がいる。
 主役と、脇役。そのふたつ。
 ……いや、もうひとつあった。
 『観客』だ。

 僕──── 露木(ろき) オミトは、やはり自分は観客なのだと。いまでもそう思っている。
 
 座席は前方の右寄り中央といったところ。だいぶ見やすいこの席に座って、キャストたちが織りなす青春という名の舞台を眺めるのだ。


 ────そんな朝を、今日も迎えていた。

「寝癖直し……効果皆無なんだが?」

 3日前にネットで購入したスプレータイプの寝癖直しだが、僕のピンと立った寝癖にはいくら吹きかけてもへこたれる気配はない。むしろカチカチになっている気がする。

「はぁ……」

 ため息をひとつ。
 鏡に映る平凡なルックスを見て、またため息をひとつ。
 うん。これはどう見ても観客だね。

「お兄ちゃーん!早く行かないと、彼女さん待ってるよー!」

 階下から妹の杏樹(あんじゅ)が僕を呼ぶ声が響いた。

「はーい。わかってまーす!」

 僕は観客だ。それはきっと、この先も変わることはないだろう。

「ねぇ、お母さぁーん!お兄ちゃんが否定しなかったんだけどー!?」

 ただ、今の僕はこう思っている────
 たまに。ほんとうにたまに。
 舞台に上がってみるのも……悪くないんじゃないかって。

「じゃあ、いってきます」

 痛い目を見ても、恥をかいても。
 きっとその先で、手に入るものがあるはずだから。

 
 *


「あれ?いないぞ……」

 玄関を開けてみれば、そこにいつもの面影はなかった。
 10月の日差しは思ったよりも強い。それでも夏に比べたら湯たんぽみたいなものだ。
 選手の体調を考慮して本大会を8月から10月に移行した判断は妥当だと言える。

 その分、あの子は息つく暇もなく走り続けているわけだが。

「朝練……か。はぁ、気合い入れたのにな(寝癖)」

 今日はひとりで登校かな。と思い、足を踏み出した刹那。

「んんっ」

 咳払い。後ろ斜め45度から。
 イタズラのつもりか。僕の口元がふっと綻んだ。

「おはよう、オミト」

 振り返らずともわかる。そこに“太陽”が立っているのだと。
 でも、僕は振り返らねばならない。
 約束を果たす。それが僕の使命だから。

 観念して振り返る。
 やっぱり。彼女はそこにいる。
 手を後ろに組んで、イタズラっぽい笑顔を浮かべて。そしてささやくのだ。

 まるで、千年前からの決まり事みたいに。

「靴ひも。結ばせてあげる」