世界の終わり、君と誓った3つの約束

「はい! 早く早く! のろのろしてたら太陽、昇っちゃうでしょーが!」

千秋が叫びながら、屋上に敷いたレジャーシートの上にお菓子を次々に並べていく。

チョコレート、ポテトチップス、グミ、ラムネ、駄菓子屋でしか見かけないようなレトロなお菓子たち。屋上の風に揺れて、色とりどりの包装がカサカサと鳴る。

「こんなに持ってきて大丈夫なの?」
 
千秋の前に座って尋ねると、彼女は澄ました顔で言った。

「だって、あたしが自分で買ったお菓子だもん」
 
さすがというか、やっぱりというか。

「すごいな。これ、久々に見たわ」
 
私の横に腰を下ろした冬吏が、グミの袋を開けながらつぶやいた。桜輔は千秋の隣にあぐらをかいて、もうすでにコーラをゴクゴクと飲んでいる。

「みんなでお菓子パーティしたかったんだ。こういうの、楽しくない!? 」
 
千秋の声ははしゃいでいるけれど、どこかその奥に、揺れるなにかがあるように感じた。

「これも食いたい!」
 
桜輔がポテトチップスの袋に手を伸ばし、同じタイミングで千秋がチョコレートの箱を持ちあげた。その瞬間、ふたりの指が軽く触れ合った。

「あ……悪い……」
 
声が裏返った桜輔に、千秋は一瞬だけ目を見開いた。

「別に……」
 
そっぽを向くけれど、その頬がほんのりピンクに染まっている。
 
わかりやすすぎて、思わず噴き出しそうになる。
 
冬吏も気づいているらしく、グッと笑いをこらえる声が隣から聞こえた。

「ぶつかった。痛いんだけど!」

「うるせーよ。お前がボーッとしてっからだろ!」
 
わざとらしい言い合いをしながら、千秋は私へ、桜輔は冬吏へ、ちらりと視線を送ってきた。

『あとで話すね』『あとで話すから』
 
それぞれの目がそう語っていた。
 
私にもその気持ちはわかる。もし、冬吏に告白したとしたら……きっと千秋にだけは伝えたくなるだろう。
 
地球が壊れる日の朝だということを、誰もそれを口にしない。ただ静かな幸せをかみしめるように、時間は穏やかに流れている。
 
そのとき、ギイ――と屋上の扉がきしむ音を立てて開いた。

「うわ、いるし」
 
声だけで同じクラスの(くすのき)さんだとわかった。
 
巻かれた髪、グロスが光る唇、ヒマワリ色のワンピース――制服なんて着る気はないらしい。

クラスでも目立つ、言わば一軍女子。男子に対してもハッキリと意見を言っている姿をよく見かける。
 
その少しうしろから、制服姿の佐々木さんが顔を出す。目が合うと、ニッコリとほほ笑んでくれた。

「楠さんと佐々木さんじゃん。お菓子あるよー!」
 
千秋のテンションの高さに、「はっ」と楠さんが鼻で笑う。

「なにこれ、だっさ」
 
そう言い残して、手すりのほうへ行ってしまった。
 
佐々木さんもあとを追いかけたが、数歩のところで立ち止まり、おずおずとこちらをふり返った。

「……私、お菓子食べたい」

「はあ?」
 
楠さんの声を無視して、佐々木さんはちょこんと腰をおろして輪に加わった。

「美味しそう。うちじゃこういうの禁止だったから、食べてみたくて」

「もちろん!」
 
千秋がうれしそうにポテトチップスの袋を差し出す。

「ありがとう。チョコもいい?」

「全部食べ放題だよ。楠さんもおいでー!」
 
けれど、楠さんは背中を向けたまま風に揺れる髪を押さえもせず、知らんぷりを決めこんでいる。
 
その姿が、不意に過去の自分に重なった。
 
転校前、突然仲間外れにされたあの日。理由がわからなくて、何度も自分を責めた。明日になれば普通に戻ると信じていたあのころ、私はずっと孤独だった。
 
ラムネの瓶を手にして、彼女のそばへ歩く。

「楠さん」
 
返事はない。
 
思い切って隣に立ち、ラムネを差し出す。

「これ、飲む……?」
 
少し眉をひそめた楠さんは、無言で瓶を受け取った。

「別に喉乾いてたわけじゃないけど」
 
そう言いつつ、ビー玉を押しこんで、シュポンと音を鳴らす。
 
ひと口飲んで、ふうと息をついた。

「なに? なんか言いたいことでもあるわけ?」

「えっと……ない。ううん、ある」
 
しどろもどろな私に、楠さんは「もうっ」と空を仰いだ。

「はっきり言ってくれない? だるいんだけど」

「あの……前から思ってたんだけど、楠さんってキレイなだけじゃなくて、カッコいいなって」
 
楠さんが横目でチラッと私を見る。

「なにそれ、嫌み? 似合わないこと言うじゃん」

「ちが……」
 
首を振っても、彼女は私のほうを見ようとしなかった。

「嫌みじゃなくて、本気。堂々としてるし、男子にも意見を言ってて……。私は、いつも、言葉にする前に考えて、それでも言えない性格だから」
 
楠さんはラムネをもうひと口飲むと、これみよがしにため息をついた。

「なに言ってんの。あんたたちが言ってたこと、現実になってんじゃん。だったら私、堂々とするしかなくない? ていうか――」

しばらく黙ってから、ぽつりとこぼす。

「風岡さんって、ずるいね」

「……ずるい?」

予想外の言葉に、私は固まる。

「みんな守るために動いてるって、聞いたよ。物資の管理とか、残る人を引き取ったとか。でも謙虚ぶる。そういうの、ずるいって思う」

「……そんなことない。不安ばっかりで。毎日、これでいいのかなって思ってる。でも、みんながいるから……それだけ」
 
風が吹いて、お菓子の袋がカサカサと鳴った。
 
楠さんが、ラムネの瓶を差し出してきた。

「じゃあ訂正する。ずるいんじゃなくて――ウザい。いい意味でね」

「いい意味?」

「ちょっとだけ見直したってこと。飲みなよ」

彼女の唇の端が、ほんの少しだけ緩んでいた。
 
ラムネを飲むと、炭酸が口のなかでシュワシュワ弾けた。軽やかな音で、ビー玉が音を立てた。