修復魔術士の孫

 一時的な休業、かつ臨時休養を決めた次の日、彼女は少し早めに起きたのだった。
 心身の疲れは抜け切っていないようだったが、昨日よりは頭の働きが普段通りに戻ってきたように、彼女は感じていたのだった。


 朝食の後、ドロシーは家の二階の掃除を始めたようだ。
 自分の寝室と廊下(ろうか)(ほこり)をハタキで落としたり、床を(ほうき)()いたりしていると、いつの間にか昼近くになっていた。



 掃除を終えると、ドロシーはベンたちに会いに行くために、ルルと一緒に〈宿屋オーロラ〉に向かった。
 朝は小雨が降っていたが、昼間になると雨は止んでいたようだ。


 ドロシーとルルが〈宿屋オーロラ〉を訪れると、ベンたちは昼食を食べる直前だった。
 マンナカ城から抜け出してきたサイモンも、宿屋の四人家族に混ざって、テーブルの前に腰かけていた。

「こんにちは。いろいろと心配してくださって、本当にありがとうございました」

 ドロシーが丁寧にお礼を言うと、ベンとジェシカとノア、それからサイモンは「いやいや」やら「気にすんな~」やらと、それぞれ反応したようだ。

「あっ、ドロシー! もし良かったら、一緒に昼食を食べないかい?」

「えと……、はいっ。分かりました、ありがとうございます」

 今日のクック家の昼食は、とても豪華だ。
 パンの他には、豚肉と野菜の(いた)め物に、焼き魚に、具だくさんのコンソメスープが並んでいる。
 ドロシーもイスに座ると、他の四人と共に食べ始めた。

 ルルの昼食も、いつもの干し魚に加えて、素揚げして(くだ)いた魚の骨も入っている、特別なもののようだ。


 皆が昼食を食べ終わると、サイモンは早足で厨房(ちゅうぼう)に向かった。彼はウキウキしながら、両手で何かを持ってきたようだ。

「家でチーズタルトを作ってきたから、皆さんで食べてくださ~い♪」

 サイモンが、六等分に切られたホール状のチーズタルトを一つずつ皿に乗せた後、皆はそれぞれ食べ始めた。



 ……と、サイモンが手作りしたチーズタルトを食べながら、ドロシーは突然、昔のことを鮮明に思い出したのだ。


 ホッポウ魔術学院の中等部に進級して間もない頃、ドロシーが学院からセイホク村の実家に帰ってきた日であった。
 夕方に家の中に入ると、彼女の祖母であるケーラが来ていた。

 その日、ドロシーは【水】の応用魔術に関する実技の小テストで、なかなか合格できなかったのである。
 母親のキャロルと一緒にキッチンに居たケーラは、落ち込んでいたドロシーに、優しく語りかけた。

『ドロシーや。自分の感情をずっ~と()め込んでるってのは、身体(からだ)の毒にしかならないものなんだ。だから……たまには、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その時に、ドロシーの大好物であるチーズタルトを振る舞ってくれた。愛情が込めて手作りした、ケーラ特製のチーズタルトだ。

 ドロシーはポロポロと涙をこぼしながら、祖母が作ったチーズタルトを、二等分もペロリと平らげたのだった。
 チーズタルトが非常に美味(おい)しかったこともあるが、自分の感情を素直に出し切ったことで心が少し楽になったと、ドロシーは感じたのだった。



 それで、サイモンが作ったチーズタルトを食べていたら、大好きだったケーラの顔が、自然とドロシーの頭の中に浮かんできたのだ。
 いつの間にか静かに泣いていることに、今ようやく彼女は気付いたようだ。

 ドロシーの様子を見て、流石にベンもジェシカもノアも驚いていた。
 サイモンも目を真ん丸くして、思わず(あわ)ててドロシーに声をかける。

「ど、どうしたっ!? もしかして……チーズタルト、不味(まず)かったのか??」

「いえ。ち、違うんです……。良いふうに、おばーちゃんを思い出した、だけで――」
(レモンが入っていて、おばーちゃんのより甘さ控えめだな。うん……、とっても美味(おい)しい!)

 サイモンに対して失礼なことをしたのかもしれない、とドロシーはふと我に返ったようだ。
 なかなか涙は止まらないようだったが、彼女はきちんと味わいながら、サイモンのチーズタルトを少しずつ食べ進めた。

(私っ……。おばーちゃんみたいな、みんなから喜ばれる『修復魔術士』に絶対なりたいっ!! だけど、その前に……焦らず、元気にならないと!)

 涙を(ぬぐ)いながらチーズタルトを食べ終えると、ドロシーは満面の笑顔で、サイモンに「美味しかったです、ありがとうございました」とお礼を伝えたのだった。


 そうして昼食時間が過ぎ、皆が一服している時、ノアがドロシーの(そば)に駆け寄って来た。
 ノアは、今にも泣きそうなくらい悲しい顔をしていたので、ドロシーは「ノア、どうしたのっ??」と、すぐに声をかけたのだった。

「紅茶こぼして、ユキくんに付いちゃったっ!! ねえドロシー、どーしよう……」

 ノアが抱えていたのは、古そうなウサギのぬいぐるみだった。少しくすんだ白地だったが、ぬいぐるみの七割くらい紅茶の色が付いている。
 ノアは随分(ずいぶん)と動揺しているので、彼にとってユキくんは大切な友だちなのだろう。


(ノアに辛い顔なんかっ、して欲しくないっ!!)

 そして、ノアの暗い表情を見て、ドロシーは決して迷うこと無く、【修復魔術】を使い、懸命にぬいぐるみのシミ取りを始めたのだ。
 すると――

「えええぇぇぇぇぇ~!? 嘘っ、キレイになってるーっ!!」

 ドロシーが気が付くと、汚れていたウサギのぬいぐるみは真っ白になっていたのだ。また、表の白地はまるで新品のように光沢も微かに放ち、非常にフワフワと(なめ)らかになっていた。


「ドロシー、驚き過ぎだよ~。うん……、本当に良かった」

 彼女が【修復魔術】を全て習得したことを非常に嬉しく感じていたのは、使い魔のルルも同じであったようだ。