フェデリーコの言葉に、後ろに控えていたアナスタシアの気配が鋭く尖った。
 里桜はそれを察して、アナスタシアに振り向いて笑って見せた。

「まず、損得勘定で考えては、 ‘マルタが何故私に毒を盛ったのか’ の答えには一生たどり着かないでしょう。それをここで殿下へご説明するには些か時間が足りませんし、ご自身で感じ取れるようにならなければ、私がいくら説明したところで、理解は出来ないでしょう。殿下がもう少しご成長なされば、その答えに気が付く時が来るのではないかと思います。私が自作自演をしたのでは?との問いには…あの毒は治療法も解毒薬もなく、皮膚に付いただけで吐き気や動悸、しびれを起こすような猛毒でした。すぐに毒を吐き出したにも関わらず、私は数日間意識が戻らず、ここにいる侍女や騎士、陛下にも大変な心配をかけました。もし、私が自作自演をするならば、せめて解毒薬のある毒を選びます。」

 ゆっくりと紅茶を口にして、里桜はフェデリーコに向って笑った。

「それに、あの時私は陛下の子を身籠もっていました。自分の命を落としたとしても、あの子を産んであげられるのであれば、産んであげたかった。けれどまだ、芽生えたばかりの命はあの毒には耐えられなかったのです。アリーチェ様を貶めようとするにしても、あの時だけは絶対に選びませんでした。殿下は私の良い様に事が運んでいると仰いましたが、そうでもありません。一連の出来事では、何人もの命が失われ、何人もの人生が変えられてしまった。私にとっても良いことではありません。」

 一拍置いたのち、

「殿下の知りたいことは、知れたでしょうか?答えになっていましたか?」
「あなたは何故、我が国の結界を修復しに来たのですか?」
「テレーズの為です。」

 里桜は即座に答えた。
 フェデリーコは事情が把握できないと言った顔をする。

「私が服毒したとき、テレーズは一歳を迎えたばかりでした。母に付いていた侍女が重罪を犯したために彼女は家族と引き離され、国を渡り、テレーザとして生きることになった。本人には家族の記憶がないでしょう。だからこそ、陛下も幽閉されている元妃の子として肩身の狭い思いをしてプリズマーティッシュで生きるより、侯爵家の令嬢として生きる方が良いと判断されたのです。それでも、テレーズは陛下の子。そして王妃である私の子でもあります。彼女の生きる国が瘴気の溢れた国では、彼女の成長が憂虞されます。」
「だから、結界を張り直しに来たと言うのですか?」

 里桜は、再びフェデリーコを真っ直ぐに見た。

「それでは説明になりませんか?」
「テレーザが魔力の強くて有名なレオナール陛下の子供ならば、尚更です。我が国の結界もテレーザが洗礼を受けるまで待てない程ではありません。彼女が力を得たとき、対処することが出来ます。」

 里桜は、にこやかな表情をする。

「テレーズが成人しても一人で張り直すだけの魔力は持っていないでしょう。出来ることは、今こちらにいる魔術師の方々の様に綻びを修復させる程度の事だと思います。」

 フェデリーコは眉間にシワを寄せる。

「彼女がこの国では生まれることの少ない強い魔力を持ち、王族に嫁げば、彼女にかかる負担は計り知れないものになるでしょう。人よりも強い力を持つことは、大変な責任も負うことになります。私は渡り人として日々その重責を感じています。結界さえ張り直せれば、瘴気も入らなくなり、魔獣の発現も減少します。そうすれば、もっと様々なことに魔術を使う余裕が出来ます。余裕ができ、生活の維持に魔術を使うことが出来るようになれば、生活はずっと楽になります。それに緑や青の魔力でも訓練を重ねれば、魔獣の討伐を行うことだって出来るのですよ。」

 未だ、戸惑っているフェデリーコに笑いかける。

「レオナール陛下、アリーチェ様そして、私。大人の事情に巻き込まれてしまった小さな命。私も、レオナール陛下も大人の事情に巻き込まれる子どもをこれ以上出したくはないのです。これからを生きるテレーズには出来る限り伸びやかに育って欲しい。そして、フェデリーコ殿下に愛され、幸せになって欲しい。その為に私が出来る唯一のことをしたいと思っただけです。この先、この国をどのようにしていくのか、テレーズが幸せな王后となれるのか。私はフェデリーコ殿下に期待しております。」
「リオ陛下は、私に沢山の課題を残していかれるのですね。」
「これ以上私たちが口を挟めばそれこそ内政干渉。殿下が一番懸念していた主権の侵害になりかねませんもの。」

 フェデリーコは笑った。それは少年らしい笑顔だった。

「これからを見ていて下さい。」
「えぇ。テレーズの事も頼みます。」