「痛みは?どうでしょうか?」
「はい。驚くほどに、全く腕が上がらなかったのに、上げても振っても痛みません。」

 老年の男性は、伸びのような動きをしたり、肩を回したりしている。

「リオ王妃陛下、本当にありがとうございます。」

 昔、騎士団に所属していた男性はその場で騎士の最敬礼をする。

「そんなことはしなくても良いのです。さ、座ってください。これで良くはなりましたが、だからと言ってあまり無理をなさってはいけませんよ。」
「ご丁寧なお言葉、感謝致します。」
「お大事になさって下さいね。」

 王城に着いた翌日の早朝、里桜は王城の中にある礼拝堂で、治療所を開いていた。
 事前に王都の診療所で、治せない痛みや傷を持った患者に紹介状を作り、それを持った六十人が集まった。
 その中からさらに重度、中度、軽度の三段階に分け、里桜とロベールとアナスタシアが治療を行っている。

 ロベールとアナスタシアは昨日、この礼拝堂で洗礼を行った。
 里桜が結界を張り直す際に不測の事態が起こったとき、魔力の強い二人が対応できるようにと考えた為だったが、六十人全員を治療する予定になっていた里桜の体の負担を考え、洗礼で魔力を使える様になった二人も急遽治療に加わった。


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 その姿を礼拝堂の高いところから王太子のフェデリーコは見ていた。

「どうだ?へんな魔術などを民にかけてはいないだろうな?」
「はい。ただ、治癒の魔術を使っているだけだと思いますが…」

 魔術師の男は言い淀む、

「なんだ?何かおかしなところがあるのか?はっきりと言え。」
「いいえ。あの王妃陛下の力は、今までに感じたこともないようなエネルギーを感じます。それに、養父だという男性も。これに陛下の侍女ですらも、この国の上位魔術師よりも強い力を感じます。」

 フェデリーコには、緑の魔力しかなく魔術の訓練もしていないので自分で水を出すことすらも出来なかった。
 それ故、魔力に対しての認識も知識も浅く猜疑心だけは強かった。

「どう言う事だ…。」
「我が国では持ち得ない力を三人とも持っているのだと思います。」

 アリーチェからこの国の内情を聞き取った際に彼女が言っていたのが、魔術師不足の問題だった。
 ゲウェーニッチではすでに、橙の力を持つ人間も生まれにくくなるほど、魔力が国全体で衰退している。
 橙の力を持つと、国からの援助でプリズマーティッシュに留学し魔術師になる。魔術師になっても、結界の修復や魔獣討伐に忙殺され、治療に回せる人員がいない。
 魔獣の討伐で負傷した騎士たちも、怪我を負った国民も民間療法に毛が生えた程度の治療しか受けられないのが現状だった。
 王都でもそんな状態で、王都を出れば、魔獣も討伐されず、治療を受けようにも施設も少なく、王都外の人々は捨て置かれているような状態だった。


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「陛下。お疲れ様でございました。」
「先ほどの方で全て終わりました。」

 アルフレードは、低音のゆっくりとした声で話す。

「思ったより早く終わったみたいね。じゃぁ、騎士で傷が治っていなかったり、何処かに痛みがある人がいたら呼んできてちょうだい。」

 笑顔の里桜にアルフレードは困っているような怒っているような顔をする。

「陛下。お止め下さい。今日はこれから午餐会があり、その後舞踏会があり、明日は結界の張り直しです。産後も体調を崩されたのに。この後は午餐会までの間、ゆっくり体を休めて下さい。」
「そうです。」

 アナスタシアもアルフレードに同調する。

「ベルトランとオーブリー陛下をお部屋までお届けしなさい。」

 アルフレードが指示をすると、二人は短く返事をした。

「ロベール様、私はここの片付けをお手伝いしてから部屋に戻ります。なので、陛下をお部屋までお連れして下さい。」
「あぁ。分かった。悪いがアルフレードもここの片付けを手伝ってくれないか?」
「はい。」
「私も一緒に片付けるから。」
「陛下がいらっしゃったら、この国の方たちは困ってしまわれます。お部屋でお待ちください。」

 里桜はアナスタシアに諭され、小さく頷いて礼拝堂を出て行った。