里桜は部屋で一人、本を読んでいた。
 しかし、ページが先ほどから一度もめくられていないことを、二人とも見て見ぬ振りをしていた。
 結局、ベルナルダの死は病死として扱われることになった。セシルが手紙を燃やしてしまった以上、今更ベルナルダを関係づける証拠はどこにもない。
 逆に、使われた毒や、証言など証拠がありながら王妃殺害未遂の首謀者としては罪に問われなかったセシルとの釣り合いをとるためでもある。
 王の側妃、ベルナルダ殿下の葬儀は数日前に厳かに行われた。
 突然の娘の死に憔悴しきった両親の姿が里桜の頭から離れなかった。
 思えば私は、悠に浮気をされた時に “彼女と私のどちらを取るのか” と詰め寄った。
 浮気が嫌ならば別れれば良いだけの話しを、私は関係性に優劣を付けさせ、自分を選ばせて溜飲を下げた。
 陛下の事もそうだ。結局、私は悠の時のように陛下に “私を一番にしろ” と詰め寄ったのと変わりない。
 そして、その行動が一人の女性を深く傷付け、結局三人もの人が巻き添えで命を落とすことになった。
 そして、彼女も失意の中で死んだ。

「リオ様、どうなさいましたか?」

 里桜は読んでいた本で顔を隠したが、こぼれ始めた涙を止める術がなかった。
 窓には激しく雨が打ち付けている。
 私はやはり、陛下を受け入れてはいけなかったのかもしれない。


∴∵

 
「リオ、最近少し元気がないようだが、どうした?」
「いいえ。そんなことありません。」
「そうか?ならば良いが。マルゲリットの時は、腰が痛いと言っていたからまた痛くなったのかと。」
「いいえ。まだ大丈夫です。」
「そうか。何かあれば必ず言えよ。では、行ってくる。」

 レオナールは軽くキスをして部屋を出て行った。
 それを待っていたように、リナが話しかけてきた。

「リオ様、王太后陛下があと三十分ほどでいらっしゃるそうでございます。」
「王太后陛下が?」
「はい。」
「急に何かしら?お暇のご挨拶はもうしていたのに…。わかった。それじゃ、王太后陛下のお好きな・・」
「フリュイ・コンフィの用意を申しつけました。」
「ありがとうリナ。では、フルーツの種類に合わせたお茶を用意して。私は身支度をしているから。」
「はい。畏まりました。」


∴∵


「王太后陛下。おいで下さりありがとうございます。もう、マルゲリットには会われましたか?」
「いいえ。今日は、あなたに話があってきたのです。」
「そうでしたか。どうぞ、おかけ下さい。」

 アデライトは勧められたまま椅子に腰掛け、リナが用意したお茶を一口飲んだ。

「リナ、いつも美味しいお茶をありがとう。私は王妃と少し込み入った話がしたいの。アナスタシアとリナは部屋の外で待機していてちょうだい。」

 里桜が二人に頷くと、そのまま部屋を出て行った。
 すると、魔壁の張られた感覚がした。

「王妃、そんな顔を強ばらせなくても…まぁ、それもそうよね。警戒するでしょうね。ベルナルダの話しは聞きました。王妃のことだから、心を痛めているのではないかと思ってね。」

 アデライトは少し笑って、再びお茶を飲んだ。

「あなたなら、自分がレオナールの心を受け入れなければ、人が命を落とすこともなかったのに…と考えているのでしょうね。」

 アデライトは里桜の瞳をじっと見て、少し微笑んだ。

「私はね、王妃と言う座がありながら、一度もシャルル様には愛されなかった。政略的な結婚であっても通常はもう少し心を寄せ合って夫婦の形を作るのでしょうけれど、私たちは一度もそのようにはなれなかった。」

 アデライトは、里桜ではない遠い方を見ていた。

「側妃が子供を産んでいく中で私はシャルル様に触れてももらえなかった。だから私は他の(ひと)の子を身籠もったの。そして生まれたのが、シルヴェストル。その罪への報いなのか、成長するに従い、そして年を重ねるほどに、あの子は彼の生き写しのようになっていった。それを苦にね、その(ひと)は自ら命を絶ったのよ。」

 アデライトは里桜に向って微笑んだが、それは初めて見るような弱々しい笑顔だった。

「私も、ベルナルダも愛されないなりの道の歩み方は沢山あったの。だけど、選んではいけない道を選んだ。それは、あなたが選ばせたのではなく、ベルナルダが自ら選んだの。レオナールを愛して、レオナールに愛されてそれを好ましいと思うなら、あなたはレオナールの側で素直に幸せそうにしていなさい。それが、愛してくれているレオナールへの礼儀です。」

 アデライトは ‘愛されてもいないのに偉そうに言ってしまったわね’ と苦笑いをした。

「レオナールの愛情はきっと揺らぐことはないでしょう。そこは父であるシャルル様によく似ているわ。とにかく、ベルナルダは沢山あった選択肢の中から一番選んではいけない道を選んだ。それは、彼女の選択であって、あなたが責任を感じることは何もないのよ。あなたは自分に与えられた幸せを素直に享受していれば良いの。あなたの今の幸せは、あなた自身が間違った選択をしてこなかった証なのだと思いなさい。わかった?」

 里桜は静かに頷いた。それを見たアデライトは満足げに笑った。
 アデライトは用意されていた杏のフリュイ・コンフィを一かけ口に運んだ。

「王宮のフリュイ・コンフィはいつも美味しいわ。それでは、私はマルゲリットの顔を少し見たら、離宮へ帰るわね。王妃も、心を穏やかにね。明日には実家へ帰るのでしょう?」
「はい。」
「では、気をつけてね。その子と会えるのを楽しみにしているわ。」
「ありがとうございます。お義母様(かあさま)
「あら、良い響きね。私、本当は娘が欲しかったのよ。兄弟も男しかいなかったから。」 

 扇子で口元を隠しているが、里桜にはアデライトが笑っているのがよく分かった。