「ベルナルダさん、ルイーズさんが手が塞がっているから、代わりに王妃様にお茶をお願い。茶葉は黄色の缶のものを使ってくれればいいわ。」
「はい。わかりました。」
時は過ぎ、私は王宮で侍女をしていた。傅かれる立場ではなくなったけれど、それでも借金返済の目処が付き、結婚生活よりは心が安定していた。
「あなたが、少し前に入ったベルナルダね。」
「はい。ベルナルダと申します。」
「伯爵家のご夫人だったのが、若くしてご主人を亡くされたとか。」
「狩猟中の事故でございました。」
「魔力は青だと聞いたけど。」
「はい。その通りでございます。」
「あなた、年はいくつ?」
「もうすぐ二十四になります。」
「全てがちょうど良いわ。」
そして、その翌日に王太子の夜伽役の命が下された。眉目秀麗で若い王太子の夜伽など、断わりたかったが状況がそれを許さなかった。
一夜の出来事だと思っていたが、彼は私を側妃に召し上げた。
だけれど、彼は夜に私の元には来なかった。それでも、週に一度、彼は時間を作って私と王宮の庭でお茶を楽しんだ。
他に妃がいない中で彼にエスコートされるのはこの世で私たった一人。舞踏会でも、晩餐会でも彼は優しく私をエスコートしてくれた。侍女から妃になった私を、他の侍女たちは羨望の目で見ていた。それはとても心地が良かった。
∴∵
「第一王子のご誕生、心よりお喜び申し上げます。」
国中が王太子の第一子誕生に沸いた。八年もの間ずっと第一側妃として側にいながら、女性として扱われることがなかった私には辛い出来事だった。
「ベルナルダ、今日はどうしたのだ?具合が悪いのなら、医師や聖徒を寄越すか?」
「いいえ。殿下。アリーチェ様へのお祝いは父の領地で取れた絹の生地にしようかと考えていたのでございます。」
「あぁ。あの絹は本当に質が良い。アリーチェも喜ぶだろう。」
「殿下が以前の晩餐会でそう話して下さったおかげで、取引が増えたと父が喜んでおりました。」
「私の言葉があったとしても、良質ではないと貴族たちは買ったりしないものだ。やはり、ベルナルダの領地の絹はそれだけ上質だったと言うことだろう。」
「ありがとうございます。」
側妃になった当初に、週に一度だった王宮のへのお誘いも、アリーチェが嫁いできてから月に二、三度になった。それでも、私が正気を保っていられたのは、こうした温かい言葉を殿下はいつもかけて下さるからだった。
∴∵
「最近、陛下からのお呼びがかかりませんね。ご即位されて、ひと落ち着きしたと思えば、三百年振りの召喚術を行って、やはりお忙しいのですね。」
「王太子と王とでは仕事の重みも違うのだから、私的な時間が少なくなることは仕方のない事よ。」
「それでも、やはりアリーチェ様のところへはお渡りがあるようでございます。私、悔しいです。第一側妃はベルナルダ様なのに、アリーチェ様は自分が王妃になったかのようなお振る舞い。」
「セシル。良いのよ。陛下がご健康であれば、それだけで。」
∴∵
召喚術が成功し、渡り人が来てから陛下はさらに忙しくなった。お誘いは、月に二、三度から月に一、二度になった。
「今日は、お久しぶりのお誘いでございますね。」
「陛下のお好きなイルフロッタントを作らせましょう。」
「離宮のものと王宮のものは味が少し違うと仰って、お喜びになりますから、少し多めにお作りするよう、厨房に伝えます。」
「えぇ。宜しくね。」
陛下からのお誘いがある時、侍女のセシルは普段と違い目に見えて張り切っている。セシルの艶やかな髪からは、私と同じローズオイルの香りがしていた。
∴∵
「最近、陛下は渡り人のリオ様とご親密なご様子でございます。アリーチェ様へのお渡りも最近ではお控えになっている程だとか。」
「お忙しいだけよ。落ち着けばまた、お会いできるようになるでしょう。」
∴∵
冬になり、年を越したが、陛下からお声がかかったのは二回だけだった。
春になって、私は陛下へ我が領地の絹で仕立てた服を届けに行った。陛下は不在で侍女に渡し、せっかくだからと王宮の庭園を散歩した。
二人で時を過ごしたガゼボの脇を通り、見頃のアーモンドの花を見ていた。その、庭園の真ん中、テーブルでお茶を飲んでいる陛下がいた。
その向かいには、噂の渡り人。陛下は渡り人がケーキを食べている姿をただ見つめていた。
人が人に恋い焦がれると言う事はこういう事なのだと、胸に落ちた瞬間だった。私は、今まで一度も男性から愛されていなかったんだと言う事も。
神様は何故、この人生において愛を乞うことがいけないことだと私に教えてくれなかったのか。
私はたった一度でも良いからあの人からあんな風に見つめてもらいたかっただけなのに。
∴∵
お母様、お父様ごめんなさい。心から愛してくれていた二人に、あなたたちの娘は愛するに値しない人間なのだと知られたくはないのです。
ベルナルダは、絨毯の上に倒れた。
「はい。わかりました。」
時は過ぎ、私は王宮で侍女をしていた。傅かれる立場ではなくなったけれど、それでも借金返済の目処が付き、結婚生活よりは心が安定していた。
「あなたが、少し前に入ったベルナルダね。」
「はい。ベルナルダと申します。」
「伯爵家のご夫人だったのが、若くしてご主人を亡くされたとか。」
「狩猟中の事故でございました。」
「魔力は青だと聞いたけど。」
「はい。その通りでございます。」
「あなた、年はいくつ?」
「もうすぐ二十四になります。」
「全てがちょうど良いわ。」
そして、その翌日に王太子の夜伽役の命が下された。眉目秀麗で若い王太子の夜伽など、断わりたかったが状況がそれを許さなかった。
一夜の出来事だと思っていたが、彼は私を側妃に召し上げた。
だけれど、彼は夜に私の元には来なかった。それでも、週に一度、彼は時間を作って私と王宮の庭でお茶を楽しんだ。
他に妃がいない中で彼にエスコートされるのはこの世で私たった一人。舞踏会でも、晩餐会でも彼は優しく私をエスコートしてくれた。侍女から妃になった私を、他の侍女たちは羨望の目で見ていた。それはとても心地が良かった。
∴∵
「第一王子のご誕生、心よりお喜び申し上げます。」
国中が王太子の第一子誕生に沸いた。八年もの間ずっと第一側妃として側にいながら、女性として扱われることがなかった私には辛い出来事だった。
「ベルナルダ、今日はどうしたのだ?具合が悪いのなら、医師や聖徒を寄越すか?」
「いいえ。殿下。アリーチェ様へのお祝いは父の領地で取れた絹の生地にしようかと考えていたのでございます。」
「あぁ。あの絹は本当に質が良い。アリーチェも喜ぶだろう。」
「殿下が以前の晩餐会でそう話して下さったおかげで、取引が増えたと父が喜んでおりました。」
「私の言葉があったとしても、良質ではないと貴族たちは買ったりしないものだ。やはり、ベルナルダの領地の絹はそれだけ上質だったと言うことだろう。」
「ありがとうございます。」
側妃になった当初に、週に一度だった王宮のへのお誘いも、アリーチェが嫁いできてから月に二、三度になった。それでも、私が正気を保っていられたのは、こうした温かい言葉を殿下はいつもかけて下さるからだった。
∴∵
「最近、陛下からのお呼びがかかりませんね。ご即位されて、ひと落ち着きしたと思えば、三百年振りの召喚術を行って、やはりお忙しいのですね。」
「王太子と王とでは仕事の重みも違うのだから、私的な時間が少なくなることは仕方のない事よ。」
「それでも、やはりアリーチェ様のところへはお渡りがあるようでございます。私、悔しいです。第一側妃はベルナルダ様なのに、アリーチェ様は自分が王妃になったかのようなお振る舞い。」
「セシル。良いのよ。陛下がご健康であれば、それだけで。」
∴∵
召喚術が成功し、渡り人が来てから陛下はさらに忙しくなった。お誘いは、月に二、三度から月に一、二度になった。
「今日は、お久しぶりのお誘いでございますね。」
「陛下のお好きなイルフロッタントを作らせましょう。」
「離宮のものと王宮のものは味が少し違うと仰って、お喜びになりますから、少し多めにお作りするよう、厨房に伝えます。」
「えぇ。宜しくね。」
陛下からのお誘いがある時、侍女のセシルは普段と違い目に見えて張り切っている。セシルの艶やかな髪からは、私と同じローズオイルの香りがしていた。
∴∵
「最近、陛下は渡り人のリオ様とご親密なご様子でございます。アリーチェ様へのお渡りも最近ではお控えになっている程だとか。」
「お忙しいだけよ。落ち着けばまた、お会いできるようになるでしょう。」
∴∵
冬になり、年を越したが、陛下からお声がかかったのは二回だけだった。
春になって、私は陛下へ我が領地の絹で仕立てた服を届けに行った。陛下は不在で侍女に渡し、せっかくだからと王宮の庭園を散歩した。
二人で時を過ごしたガゼボの脇を通り、見頃のアーモンドの花を見ていた。その、庭園の真ん中、テーブルでお茶を飲んでいる陛下がいた。
その向かいには、噂の渡り人。陛下は渡り人がケーキを食べている姿をただ見つめていた。
人が人に恋い焦がれると言う事はこういう事なのだと、胸に落ちた瞬間だった。私は、今まで一度も男性から愛されていなかったんだと言う事も。
神様は何故、この人生において愛を乞うことがいけないことだと私に教えてくれなかったのか。
私はたった一度でも良いからあの人からあんな風に見つめてもらいたかっただけなのに。
∴∵
お母様、お父様ごめんなさい。心から愛してくれていた二人に、あなたたちの娘は愛するに値しない人間なのだと知られたくはないのです。
ベルナルダは、絨毯の上に倒れた。

