「さぁ、アリス!観念して隔り世へ行こうか」
鬼がにんまりと笑う。

鬼によるねこにゃんにゃん攻撃に見事に敗北した私。

そしてそんな私に差し出された鬼の手。手ですらキレイだ……。その手首にはかわいいねこ型ビーズの腕輪があった。ぐっ、こんなところにまでかわいい誘惑が……っ!!

しかし、うーん……。ねこ……。ちびねこちゃん。

それに鬼に付いていかずに家に帰ってもなぁ……。家には、お兄ちゃん以外には見向きもしない、脱け殻のようになってしまった両親しかいない。

お兄ちゃんは出張で、明日にならないと帰って来ないだろうな。

お兄ちゃんこのたび高貴な鬼に嫁ぐことが決まった人間の花嫁白梅(しらうめ)のための結納の儀のために出張しているのだ。

突如として現れた美少女ーー白梅により、全てが壊れた。あれは鬼の花嫁であって、妖怪や鬼の類いではない、現し世の人間。お兄ちゃんがそう言うのなら、間違いはないのである。

未だ現し世の人間である白梅をどうすることもできない。

だからこそ、両親も……。元に戻る方法を探りたくとも、白梅は未だ現し世の人間であり、現し世でも影響力を持つ鬼の花嫁である。

白梅が鬼の花嫁となり、隔り世側に渡れば、何かできるだろうか。それは、まだ分からない。

私には何もできないから、どうにかできるとしてもお兄ちゃんだけである。

だから私には待つことしかできない。
しかし家で待つとしても……待っているのは、私に微塵の興味もなくなった両親たち。白梅の度重なる奇行と洗脳によって、もう両親と呼べるのかも怪しくなってしまったひとたち。誕生日と言ってもお祝いがあるわけじゃない。

今や私にとっての誕生日はシスコンお兄ちゃんがケーキを買ってきてくれる日、ただそれだけである。
まぁそれだけでも充分にありがたいのだが。

でもものをもらうのはやめた。お兄ちゃんシンパに何されるか分からないし、お兄ちゃんが気にかける私に、両親が嫉妬するから。

――――――まるで、白梅の感情をそのまま表現しているようだ。
お兄ちゃんの気を引きたくて、お兄ちゃんがほしくてほしくてしょうがない。

ものなんてもらえば即奪われる。

以前お兄ちゃんが私にプレゼントしてきた熊のぬいぐるみなんて、両親にとられたと思えば、白梅がお兄ちゃんから誕生日にもらったものだと自慢してきたのだ。もはや意味不である。自分がお兄ちゃんにもらったものだと事実を塗り替えたかったのだろうか。

まぁ、私はねこ好きだったからそんなにダメージはなかったけれど……。

ねこを奪われるほうが苦痛である。ふるぼけたねこチャームが無事だったことが何よりもの幸い。

でもその後白梅がその熊のぬいぐるみを持っているところは見ていないから、多分奪っただけで満足して、放ったらかしているのだろう。

それから一応、ご飯は用意されている。かろうじてご用意されているのは多分お兄ちゃんに言い付けられているから。あとはお兄ちゃんからのお小遣い頼みだな。

まぁ、お兄ちゃんがいればいればでシスコンウザいのだが……。でもあんな家にひとりよりはましである。

あんな家に戻るくらいなら、ちびねこちゃんともふもふにゃんにゃんしたい。にゃんもふワンダーランド、なんと素晴らしいことだろう。

――――――うん、少しくらいなら。

お兄ちゃんは、妖怪や鬼はそう言う人間の気持ちの隙間に入り込むんだと言っていた。

そうして人間を誘い、閉じ込め、最後は食べてしまうのだとも。

その恐ろしさは、知ってる。思い知らされた。私が決してかなうことのないもの。いや、挑むことすらできない絶対的なもの。

――――――特に鬼は、強くて恐ろしい。
時には鬼神の加護さえ得る。

けれどこの鬼は……。その気になれば無理矢理連れて来ることもできるだろうに。

まさかのねこでつってきた。
そして私が今までに出会った恐ろしい鬼とはどこか違う気がした。

――――――だいぶ変、と言うのもあるのだと思うけど。

仕方なく鬼の手をとれば、鬼が満足げににこりと笑う。

そして突如風が駆け抜ける中、しっかりと握られた手。ついつい目を閉じて、風が過ぎ去るのを待つが、包まれた手の優しさがどこか恐怖を和らげてくれる。

やがて凪いだ心地よい涼み風に、そっと瞼を開ければ……。

そこは、現し世とは違う場所なのだと分かった。この風が、空が、別のことわりの世なのだと、人間の本能が告げている。

――――――ここが、隔り世である。


まるで映画のように、まばゆい夕陽が地平線に吸い込まれるようにして降り注ぐ幻想的な光景。

現し世のものとはどこか違う、鮮烈な夕陽の輝き。

「夕陽は好きか?」
夕陽のような角と、瞳を向けてくる鬼が微笑む。

「嫌いでは、ないかも」
どこか懐かしいような気持ちにさせるのは、気のせいだろうか。

「気に入ったのならよかった」
「……」
度々、この鬼は本当はいい鬼なのではないかと錯覚してしまう。……だが。

「きっと我が屋敷も気に入る。なにせ、ねこがいるからな!」
夕陽に照らされて、やっぱりきれいだなと思ってしまったことを今痛烈に後悔して俯いた。

ぐ……っ!ねこで、つりさえしなければ……っ!うぐぅっ!!!

しかし……何だ。今さら気が付いたのだが、鬼はマニキュアをしていた。それも……ねこ柄!ねこの足跡までついてる……っ!あぁ、かわいい!何そのネイル~~~~っ!!かっわいすぎるだろぉっ!!

それ、まさか自分で塗ったのか……!?それともネイルサロン行ってんのかこの鬼いぃぃっ――――!?
いや、隔り世にネイルサロンってあるのだろうか……。人間に化けて現し世のネイルサロンに行っているだけかも知れないが……。

でも、まさかのねこネイル~~~~っ!鬼のねこネイルに悶えていれば……。

「さて、と」
ん?何だ?

――――――鬼の声に不意に顔を上げたその時。

ぐいっ

「ちょ……っ!?」
鬼に腕を引かれ、よろける。

しかし抗議をする間もなく、宙に浮いた身体は、鬼に抱き上げられているのだと気付く。これってまさかの、お姫さま抱っこじゃないか?

「さて、屋敷まで飛んで行こうか」
「と、飛ん……っ!?その、下ろしてっ」
さすがにこれは恥ずかしすぎる!絵本や少女漫画の世界でしか見たことないぞ!?

「ん?歩いて行きたいのか?歩けばそうだな……3日くらいはかかるが」
「ぐぉいっ」
み、3日っておいぃぃっ!

「こう言うのって、ちょうど都合のいい場所に移動しているのが基本じゃないのか……?」
いや、隔り世はどうだか知らないが。でもアニメや漫画ではセオリーじゃないか……!

これはそうだ。バス停の最寄りだと言われて、最寄りのバス停で降りたら、全然最寄りじゃない!激迷い!分かりにくいは遠い!そんなトラップにハマッた時のような衝撃を受けた。

「ん?だってこの夕焼けは美しいだろう?ちょうど頃合いだと思った」
そう言ってしれっと美しく微笑む鬼は、卑怯だ~~っ!その微笑みはずるい……っ!断れないじゃないか……。それにこれじゃぁまるで……デート、みたいじゃないか。

「さて、では歩くか?」
「何故そうなる……!」
3日間も歩かせる気か、この鬼畜!!

「何だ、やめるのか」
はははっと笑う鬼。からかってるのか……?うぅ、からかうし、ねこでつるし。こやつ、性格悪いやもしれん。

――――――でも、鬼の言ったとおり、この夕陽は確かに絶景なんだよなぁ。