カラダ探し~第ニ夜~

「い、伊勢が死んでる……留美子は? る、留美子は何をして……」


伊勢がこんな姿なのに、カウンターに伏せている留美子が無事なはずがない。


でも、室内から見ると留美子は何かされているようには見えないけど……。


ドアを閉めて、壁伝いに廊下側へと回って、その姿を確認した私は、絶望という言葉の意味を知った。


ただ、カウンターに伏せていたんじゃない……。


下半身は廊下に倒れていて、上半身はすがり付くようにカウンターの縁をつかんで息絶えたのだという事を理解した。


と、同時に、生徒玄関の前の、避難口誘導灯の光に照らされて浮かび上がる「赤い人」の姿を、私は見てしまったのだ。


「赤い人」が、西棟の方に向かって歩いている。


うなるように、唄を歌いながら。


姿を見てしまったけれど、まだ私に気付いていない今なら、なんとか逃げる事ができるかもしれない。


留美子の亡骸に涙しながらも、私はゆっくりと後退した。


初めてできた男子の友達の伊勢、今日アドレス交換をしたばかりの留美子。


そんなふたりの亡骸を見て、涙しながら、伊勢が言った事を必死に心の中で叫んでいた。

絶対に振り返るな。


絶対に振り返るな。


絶対に振り返るな。






その言葉だけを信じて、事務室のドアの前まで後退して、その場に崩れるように腰を下ろした時だった。












『「赤い人」が、東棟一階に現れました。皆さん気を付けてください』










そんな校内放送が流れて、私の背後から、無邪気な笑い声が聞こえた。






「キャハハハハハハッ!」





私は……振り返ってないのに……。


何度も校内放送が流れるなんて聞いてないよ。


伊勢も留美子も殺された。


だったら……もうどうでもいい。


ゆっくりと振り返った私は、「赤い人」の笑顔を見た。









「ねぇ……赤いのちょうだい」








あぁ、二見は、トイレで振り返ったから殺されたんだ。


ひとつだけ、納得した瞬間……「赤い人」の手が私の顔に迫り、目の前が真っ暗になって、私は思考を停止した。





ピピピピピピッ!





ピピピピピピッ!





どこからか、アラームの音が聞こえる。


私は確か、「赤い人」に殺されたはずなのに。


いつもの私の部屋、ベッドの上で私は目を覚ました。









なんだ……夢だったのか。


でも、やけにリアルで痛みのある夢だったな。


伊勢も留美子も私も、「赤い人」に殺されたけど、夢の中での事なら良かった。


「あれ……携帯がない?」


アラーム音は聞こえるのに、枕元で充電器に挿していた携帯電話が見当たらない。


もしかして、ベッドの下に落ちたのかな?


上体を起こし、脚をベッドから下ろした私は、この時に妙な既視感に襲われた。


あれ……昨日も同じ行動を取っていたような気がする。


こうやって起きるのも、かがんで携帯電話を拾うのも、昨日とまったく同じだ。


首を傾げながら携帯電話を拾い上げ、それを開いた。


時間は、いつもアラームが鳴る7時。


「寝てる間に落としたのかな?」


そう思い、フフッと笑いながら電話帳の名前を表示する。


ふたりも友達の名前が登録されたから、それを見るのが楽しい。


でも……。


そこに、「柊留美子」の名前はなかった。


昨日、留美子の番号とアドレスを教えてもらったはずなのに、どうして消えてるの?


私の宝物だったのに。


でも、伊勢の名前は残っている。


もしかして、私が寝てる間に間違って削除してしまったとか?


いや、そんな複雑な操作を、寝ながらできるはずがない。


と、なると……どういう事?


その場に立ったまま、しばらく考えて、私は昨日の夜に伊勢から送られたメールの事を思い出した。


「なんか、変な事が書いてあったよね。えーっと……」


たどたどしい手付きでメールの受信画面を開いた私は、またおかしな事に気付いた。


昨日、伊勢から来たはずのメールが……そこにはなかったのだ。


あるのは『大丈夫か?』という、11月20日に送られてきたメールだけ。


「何て書いてあったかな……うーん」


同時に送られてきた「赤い人」のメールの印象が強くて、思い出せない。


とりあえずメール画面を閉じて、待ち受け画面に戻した時、表示されている文字に、私は目を疑った。
「11月……21日? 今日は、22日でしょ?」


そう言葉に出した時、伊勢のメールの内容を思い出した。


『カラダを全部見つけるまで、明日は来ない』


確か、そんな内容だったと思う。


釈然としないものを感じながらも身支度を始め、学校に行く準備を済ませた私は家を出て、通学路を歩いていた。


明日が来ない……つまり、「カラダ探し」を終わらせないと、11月22日が永遠に来ないって事?


そんなバカなと思うけど、伊勢の言っている事に嘘はなかった。


だとすると、伊勢も前回の「カラダ探し」で、終わるまで同じ日を繰り返したのかな?


携帯電話を眺めていた私が、ふと顔を上げると、目の前には浦西の姿。


なんだか調子が悪そうで、歩く速度も私より遅い。


「あ、あの……浦西君、おはよう」


ほんの少しだけ勇気を出して、私はその背後から声をかけた。


「ん? ああ、相島か。おはよう……最悪な事に巻き込まれたな、俺達」


この様子だと、浦西はきっと気付いてる。


あれが夢じゃなかったって事も、今日が11月21日だって事も。
「相島は……どうだったんだ?」


「どうって……伊勢君の言う通りだったよ。だから、しっかり話を聞くべきだと思う」


「そうか……高広か。あいつは、袴田とは違うみたいだな……」


浦西のその言葉は、どういう意味だろう?


袴田とは違う……確かに伊勢は「カラダ探し」を行った事があるから違うだろうけど。


この時はまだ、その意味が分かっていなかった。


「相島は高広と一緒にいたんだろ? だったら、いろいろと教えてもらったんじゃないのか?」


少しでも情報がほしいと言わんばかりに、私の顔を見て尋ねる。


「特に何も教えてもらってないけど……私達がいる方に『赤い人』が来てさ、皆死んじゃったんだ」


私の言葉に、「あー」とうなるような声を上げて、浦西が申し訳なさそうに呟いた。


「悪い、俺達が見つかったせいだ」


「えっ! 浦西君達、『赤い人』に見つかったの!?」


学校に向かって歩いている間に、いつの間にか自然と話ができるようになっていた。


私に友達ができなかったのは、単純な理由だったのかもしれない。


私が話をしなかったから。
「どうやら、どこかから校門にいるのを見られていたらしい。夜に届いたメールを確認していたら、笑いながら生徒玄関の方から走って来たんだ」


そこで、浦西は殺されてしまったのかな。


二見が東棟の一階のトイレに入って来たのは知っている。


「でも、伊勢君と袴田君が違うってどういう事?」


「ああ、俺は昨晩、袴田に殺されたようなものなんだ。少なくとも、高広はあんな事はしないと思うけどな」


袴田に……殺された?


穏やかじゃないその言葉に、私は少し不安を覚えた。


「あんな事って……何をされたの?」


そうきくのは、正直怖かった。


一緒に「カラダ探し」をしなければならないのに、仲間を殺すような人がいるの?


「『赤い人』を俺達が見た時、あいつ、俺を無理矢理振り返らせたんだ。人を生け贄みたいにしたんだよ」


自分が生き残る為に人を犠牲にする……最低だと思ったけど、二見を見捨てた私は、何も言う事ができなかった。
学校に着くまで、私達は昨晩の話で分かった事を話していた。


浦西は、振り返らせられて、何度も身体を手で貫かれたらしい。


朝起きたらその場所にアザができていて、それを見せてもらった。


これは、事務室の中の伊勢と同じ殺され方。


振り返るなと言った伊勢も、きっと何か理由があって振り返ってしまったのだと思う。


でも、二見と私は違う。


二見は首を飛ばされ、私は頭を潰された。


おかげで頭痛がするけれど、この事で分かった事は、振り返ったら「赤い人」の気分次第で殺され方が変わるという事。


「留美子も振り返ったんじゃないのか? その可能性はあるだろ?」


「んーん、振り返ったって考えると、正面から殺されるはずでしょ? それなのに、留美子の上半身は、事務室のカウンターの上に伏してたの。だから、これはきっと、唄を歌い終わられたんじゃないかな?」


「なるほどな。そう考える方が自然か……とにかく、高広から話を聞き出すしかないな。それに、今日が本当に11月21日なのかも確かめる必要があるからな」
端から聞いてると、私達はとんでもなく不気味な話をしていると思われるだろう。


でも、浦西も私も、考えている事の共有がスムーズに行われて、つい熱中して話してしまった。


私自身、こんなに話ができるんだと、不思議な気持ちになった。


学校に着き、教室に入った私達は、とても理解できない光景を目にした。


「高広! テメェが言わなかったから、俺が死んだだろうが! 殺すぞコラァ!!」


「あぁ!? 話を無視したのは誰だよ!! 足りねぇ脳ミソで考えてみやがれ!!」


伊勢と袴田、昨日意見が食い違ったふたりが、殴り合いの喧嘩をしていたのだ。


うちのクラスで、このふたりを止められる人なんていない。


「さ、最悪の状況だな……『カラダ探し』の話でもめてるんだろ? これ」


目の前で繰り広げられる、血を流しての殴り合いには、クラスメイトも迷惑そうにふたりを見ている。


「そう……だね。どうしてこんな……」


私と浦西は、意見が違ってもこうやって建設的な話ができているのに、このふたりは……いや、袴田の方かな、筋が通っていないのは。