その拍子にバランスを崩した私は、反射的に体をひねって、床に手を突いて倒れ込んだ。
手の痛みに耐えながら、ゆっくりと顔を上げると……携帯電話の光で浮かび上がる「赤い人」の脚が、目の前にあったのだ。
二見はトイレから逃げ出せたようで、コツコツという足音が、ここから遠ざかって行くのが聞こえる。
私は……二見を助けたのに、二見は私を助けてくれなかった。
それどころか、私を生け贄にして逃げ出したのだ。
怒りとむなしさ……そして、目の前の恐怖に怯えながら、このどうしようもない状況をどう脱するかを考えるしかなかった。
今までにない、追い詰められた空間で、振り返る事ができない。
しかも、私はトイレの奥を向いて倒れている。
こんな絶望的なシチュエーションには遭遇した事がない。
逃げ道もなければ、逃げられる可能性もないように思える。
目の前の「赤い人」が動き出し、倒れている私の腰に手を回す。
「あ~かい ふ~くをくださいな~」
ついに唄が歌われ始めた……。