「この部屋でしょ?さあ、入って。高広君も、よくこんな部屋を知ってたわね。入った事、あったかしら?」


「前に何度か見せてもらったよ。だから知ってるんだ」


そう言い、部屋の中に入る伊勢。


私達もそれに続いた。


「フフッ、おかしいでしょ?おばさんに、娘なんていないのにね。どうしてかな?ついこの間まで、この部屋が使われていたような気がするの……」


そう呟いて、少し悲しげな表情を浮かべる明日香のお母さん。


やっぱり母親ともなると、娘の記憶がなくなっても、何か感じる事があるのかな?


「あ……なんだろう。この部屋、懐かしい気がする……」


部屋を見回して、ベッドの方に歩み寄る留美子。


それにそっと触れて、ベッドの端に腰を下ろした。


「不思議な部屋でしょ?どうしてベッドや学習机があるのか分からないの……でも、この部屋はこのままにしておきたい。そう思うの」


私は、その言葉に、胸が締め付けられるような感覚に襲われた。


この部屋で生活していたであろう明日香。


でも、その主のいない部屋で、心安らぐ香りがまだ残っていたのだから。