「ここが明日香の家か……初めて来たな。俺は」


「うん、それはさっき聞いたよ」


翔太の言葉に、そっけない返事をして、私は伊勢の姿をジッと見ていた。


明日香のお母さんは、私のお母さんと違って優しそうで、私達を見ても、怪訝な顔ひとつ見せずに会釈してくれる。


「お前ら、上がっても良いってよ。上がらせてもらおうぜ」


親指を立てて、クイッと玄関の方を指し示す伊勢。


いったい、どんな話をしたのか……。


待っている間に私が分かった事は、ポストに書かれている家族の名前の中に、明日香の名前が消されたように、空白になっているという事。


つまり……明日香のお母さんの記憶の中にも、明日香はいないという事だ。


そう考えると……明日香も、その家族も、かわいそうに思えて仕方がなかった。


明日香のお母さんに案内されて、二階へと上がった私達。


部屋の前まで来た時、その背中が少し寂しそうに見えた。


そして、ゆっくりと開かれたドアの隙間から、フワリと漂うあの香り。


明日香に抱き締めてもらった時と同じ匂いだ。