それ以上は何も言わなかった。ただ常葉は、笑ったままで、わたしの頭を何度か撫でた。

そして。


「さあ、千世が仕事を持ってきたし、久しぶりに働くか」

「仕事?」


立ち上がった常葉がこくりと頷いて、わたしのおでこに指をあてる。


「千世が届けてくれたのだろう。安乃の、最後の願い」

「あ……」


おでこに触れた指先がぼうっと光る。とても優しい色をした、まあるい光の玉。

それはわたしのおでこからスッと離れると、上を向いた常葉の手のひらにゆらりと乗った。


「死んじゃったのに、なんであるの?」

「死んだくらいで想いは消えない。お前が覚え続ける限り、安乃の存在が繋がり続けるように」


わたしに背を向けた常葉が、両手を胸の前に持って行く。

まるで、人が神様に祈るみたいに少しだけ顔を伏せて。それからゆっくり顔を上げると、静かな声で、呟いた。


「安乃、お前の願い、聞き届けた」


手のひらの光が、ふわりと浮いて舞い上がる。

それは、鮮やかな夏の青い空で、ひとすじの花火みたいに色づいて、やがて、空に溶けるみたいに消えて見えなくなった。


叶ったんだろうか、安乃さんの夢。

それは、もう、確かめようがないけれど。きっと叶ったんだろうなと、そう信じることにして。


「さようなら」


言えなかったその言葉を、光に託して、空に届けた。