だが、そんな短い距離にも関わらず、翔太は果てしなく長い距離を走っているような錯覚に陥っていた。


まるで、夢の中で走っているかのように、走っても走っても前に進んでいるとは思えなくて、背後に迫る恐怖だけが近づいてくる。


すべてがスローモーションみたいなのに、「赤い人」の放つまがまがしい気配だけは普通の速度で飲み込もうと追いかけてくる。


わずか数秒、全力で走れば5秒もかからないその距離を走っている間に、翔太はそんな事を考えていた。


やっと渡り廊下の半分を過ぎ、ここからなら頭を投げても届くかもしれない。


右脇に抱えたそれを両手で持ち、前方で待機しているはずの高広に声をかければ、それで翔太の役目は終わるのだ。


「た、高広! 頼む!」


恐怖で声がうわずったが、なんとか絞り出した声は、きっと届いたはず。


高広が受け取ってくれると信じて、ぬいぐるみの頭部をバスケットボールのパスのように、両手で前方に押し出した。


宙を舞うぬいぐるみの中から、綿と黒い髪らしき物が目に映って……。


やはりその中に、遥の頭があるのだと確信した翔太は、安心して走る速度を落とした。