ビリビリと身体を震わせるその声が、明日香達が昨夜に聞いたものだと理解するのに、時間はかからなかった。


その直後、工業棟へと向かう廊下の方で、「ゴトッ!」という音が聞こえた事に気づき、翔太はそっと顔を出す。


翔太がいる、廊下の交差点まで1メートル弱といった所に、それは落ちていた。


命をかけて健司が投げた、ぬいぐるみの頭部が。


よりによって、こんな位置に……これじゃあ、「赤い人」を見てしまうし、見つかってしまうじゃないか。


それに、「赤い人」を見てしまったら、振り返ることができないから、頭部を拾ってそのまま後退してから西棟の方に向きを変えなければならない。


翔太がその結論にいたるまでに、一秒もかからなかった。


皆は健司を信じて、健司は結果を出した。


俺がここでやらなければ、それこそ皆に合わせる顔がない。


そう思った翔太は、意を決して廊下に飛び出した。


手を伸ばし、ぬいぐるみの頭部をつかんだ時……視界に入った、迫りくる何かに、翔太は思わず顔を上げて見てしまったのだ。


翔太の目に映ったのは、廊下の奥で倒れている人影を貫く腕を引き抜いて、低い体勢のまま、ぬいぐるみの頭部を取り返そうとするかのように、手を前に突き出して迫りくる「赤い人」の姿。


渡り廊下の窓から、かすかに射し込む月の光と、避難口誘導灯の緑の光で浮かび上がったその表情は、怒りに満ちた般若を彷彿とさせるもので、それは翔太を恐怖させるには十分だった。