すりガラスを、爪で引っかくような音が、頭上から聞こえたのだ。


ガラスを爪で引っかく音。


この音は、首の後ろがむずがゆくなると言うか、背筋がゾクッとして気持ちが悪い。


好きな人なんていないと思うけど、その音が私達の頭上を、通り過ぎるように聞こえているのだ。


教室の後ろから前の方に向かって移動している。


見つかるかもしれないという緊張と、その音の気持ち悪さに、高広の手を握る力が強くなる。
もしも、教室の前のドアから入ってきたらどうしよう。


腰を下ろしている体勢じゃあ、すぐには逃げ出す事ができない。


そんな事を考えている私とは違い、目を閉じて音を聞いているような高広。


顔をしかめてはいるけど、動く素振りを一切見せない。


そうする事で、物音を立てないようにしているのだろう。


ガラスを引っかく音が聞こえなくなり、しばらくしてまた聞こえ始めた。


隣の教室の前に移動したのだろうか。窓ガラスを引っかいて、廊下にその不快な音が響いている。


「赤い人」は、この教室には入ってこなかった。


だとしたら、抜け出すチャンスは今しかないかもしれない。


そう思い、ゆっくりと立ち上がろうとしたその時。


高広が握っていた手を放し、私の肩をつかんでグイッと引き寄せたのだ。