「お前さあ、めっちゃ上達したな」


ショータさんはタバコに火をつけながら言った。


「初めて見たときは正直、こらアカンわ思ったけど。今日は良かった。
お前、努力したんやな」

「……」


栗島くんが何も反応しないので見てみると、彼は目にうっすら涙をうかべて、顔中から感動をあふれさせていた。


「ありがとうございますっ」


ショータさんが他の席に移動しても、栗島くんはいつまでも頭を下げていた。






「――俺な、あの人に憧れてバンド始めてん」


いまだ興奮のさめない表情で、胸のうちを語って聞かす栗島くん。


まわりの席では酔ったバンド仲間たちが騒いでいるけれど、そんな声もまったく耳に入らない様子だ。


「一年前に初めてショータさんのライブ見て、衝撃受けてさ。
俺、単純やからあの人みたいになりたくて、ギターを始めた」


彼は熱っぽい口調で語る。

憧れの存在を思い浮かべる瞳は、痛いくらいにまぶしい。


わたしと瑠衣は相づちを打ちながら聞いていた。


「まさかショータさんに褒めてもらえるとか思ってなかったから、嬉しかったなあ」


そこまで言うと、栗島くんはテーブルの上のグラスをぐっと握った。


「頑張ってよかった……」


誰かの背中を追いかけること。

気づけば全力で走っていること。 


その尊さを、栗島くんはたぶん無意識に理解しているんだ。


帰ったらまた親父に怒られるなあ、と苦笑いするその顔は、今まで見たどの笑顔よりも輝いている。







帰り道、瑠衣はいつもより口数が少なかった。
 

何かを思いつめたような表情の彼に、わたしは瞳でたずねてみた。


「なんか……栗島、カッコよかったな」
 

瑠衣がぽつりとつぶやいた。


「俺、今まであんまり夢とか考えたことなかったから。
今日のあいつ見てると、いろいろ考えさせられた」

「瑠衣は、瑠衣のペースでいいんだよ?」