守衛のおじさんに敬礼されながら外に出ると、雨が降っていた。
わたしの鼻に感謝しながら、傘をさして道を進む。
冷やされたアスファルトが、湯気を立てながら雨の匂いを強めていた。
多少跳ねる水は気にしない。
水たまりをパンプスで避けて、目的地へと急ぐ。
国立美術館の前には、あの日よりも大きな看板が立っていた。
その看板自体がひとつの作品みたいで、立柱の上に星がいくつか回っている。
すっかり顔なじみになってしまったお姉さんのいる窓口で入場券を買い、傘を入り口に預けて中へと入る。
ひんやりとした空気が、湿ったぬるさに晒されていた肌を冷やしていった。
今日も二階へ。
そう思って階段へ向かう途中、なつかしい香りに気づく。
ミントの香り、そしてわずかにテレピン油の匂い。
高鳴る胸に、落ちつけと言い聞かせ、周りを見渡す。
そうして常設展の入り口横に、グレーを見つける。
記憶のままの後ろ姿。
ゆるくウェーブのかかったそれが、歩くリズムにあわせて揺れる。
足は勝手に動き出していた。
それが徐々に小走りになり、彼の背中へとぐんぐん近づく。
なんて声をかけよう。
今までなんども考えてきたのに、今となっては全てが飛んでしまっている。
なつかしい、その気持ちに、胸が締めつけられる。
「待って!」
なんて無難な声かけだろう。
再会は、もっと劇的なほうがいいだろうに。
「ようやく、見つけた」
止まった身体がこちらを振りかえり切る前に、口はさらに動いた。
隣を通り過ぎてゆく、ほかの客がこちらを見ているものの、気にしてはいられない。
身体を反転させ、わたしを確認した彼は、しばし呆然としてから。
ゆっくりと口角をあげて、笑った。
その手に包帯は、もうない。
「これでやっと言える」
すこしだけ大人びた顔を、わたしはまっすぐと見つめて、深呼吸。
「今度こそ、わたしと恋をして」
【瑠璃の羊 終】
最後までおつきあい頂き、ありがとうございました。
構成から書き出しは順調だったものの、後半苦労してしまい
未熟な点も多々あるとは思いますが
今はこのままで掲載しようと思い、公開しました。
またいずれ、手を入れる日がくるかもしれません。
なお、一頁の文字数制限が千文字だった頃に掲載を始めたので
上限に対し極端に少ない文字数で読みにくさもあったと思います。
もうしわけありません。
それでも、最後までニイとナギを見守って頂けたことに感謝を。
2012.10.4 八谷紬