あの夏を生きた君へ






「でも、神社に埋めたかもしれないってことしか分からなくて…。」


「何か他に心当たりとかないの?」



そう言われて、あたしはばあちゃんから聞いた話や幸生の話をもう一度思い出してみる。





「…確か…誰にも見つからない場所…。」


あたしが呟くとお母さんは、

「それなら神社ってことだけは間違いないかもね。」

と言う。



「どうして?」


「だって、あの神社には誰も近寄らないでしょ?
お姫様の呪いがあるとか、神社の奥だって神隠しの森があるとかって古い言い伝えがあるじゃない。
誰も近づかないってことは、誰にも見つからない。」


お母さんは得意気に言った。












そういえば、そうだ。


あのホラーでオカルトな要素盛り沢山の神社なら誰も近づかない。

誰にも見つからない場所だ!



ということは、やっぱり神社に埋めたのか?



あぁ、だとしても範囲が広すぎるのは変わらない。




「タイムカプセルってさ、何かこう…目印を作ったり、目印がある所に埋めないかな…。」


悠がぽつりと言って、あたしは悠に視線を向けた。


「まぁ、俺だったらそうするなって話。」



目印か…。





考え込むあたしに、お母さんが思い詰めた様子で口を開く。


「ちづ、ばあちゃんに見せたいなら急いだほうがいい。」


「え?」


「…ばあちゃんね、もういつどうなってもおかしくないの。」






その一言で、あたしの頭の中は真っ白になった。

























【別れは突然に】


















「…誰?」


きょとんとしながら聞いてくる幸生。


「…保護者かな。」


あたしは、気まずそうに呟いた。



そして、保護者と表現された当の本人は、

「ちづ?何、一人で喋ってんだよ。」

と、不思議そうにあたしを見ている。





タイムカプセル探しに付き添うことになった悠には、幸生の姿は見えない。




太陽が沈み、辺りは薄紫色に染まる展望台。



幸生は、珍しいものでも見るみたいに悠をまじまじと見つめている。


どんどん詰め寄っていって、何だか怪しいほどの至近距離になっていた。



でも、悠にはそれが見えていないから平然としているのだ。











「…どうかしたの?」


質問には答えず、幸生は悠をガン見したまま動かない。


あたしが困惑していると急に、

「へぇー、そうか。」

と言って笑った。


気が済んだんだろうか。



あとはもう何事もなかったみたいに、さっさと神社へ続く細い道に向かっていく。




「ちょっと待ってよ!」



追いかけようとしたあたしを悠が止める。


「待て!お前さっきから何言ってんだ?」


「独り言だから気にしないで!」


「独り言って…。」




悠の顔が徐々に青ざめていく。




「ちづ…まさか…。」


「何?」


「な、何か…見えてんのか?」



見えてる。
思い切り見えてるけど言えるわけがない。











「…なぁ、やっぱこの山ヤバいんじゃ…。」


「何?怖いの?」


「あっ!?なわけねぇだろ!!」


悠はそう言って笑いだすものの、目は全然笑ってない。



悠も大概ビビリなんだよなぁ、とあたしは思う。




「じゃあ早く行くよ!」


「あっ!ちょ、ちょっと待て!置いてくなよ!」


あたしは構うことなく、草むらの中に飛び込んでいった。




悠には悪いけど急がないと。


朝のお母さんの話があたしを急かす。






もう、時間がない。


何とか幸生とばあちゃんの思いを叶えてあげたい。




たった一つの約束を、今度こそ。
















真っ暗になった山中で、あたしは懐中電灯の光を幸生の背に向ける。



険しい道だっていうのに幸生の足取りは軽い。

それが幽霊だからなのか、元々そうだったのかは分からない。



あたしは息を弾ませながら、何とか幸生のペースについていった。


夜の山登りもいつの間にかすっかり慣れてしまい、ホラーだったりオカルトだったりへの恐怖心も薄くなっていた。



でも、あたしの後ろで悠はぜぇぜぇ息を切らしながら、きょろきょろと辺りを見ている。



「悠、遅い。サッカー部のくせに。」


「っうるせぇな!…ちづこそ、ガキの頃みたいに迷子になるなよ!」


「ならない、ならない。」



昼間は暑いけど、日が落ちた山の中は涼しい気がする。












「ちづ…少しゆっくり…。」


「えー。」


「ちょっと休ませろよ、マジで。」


全く悠は昔からヘタレなんだから。


「しょうがないなぁ。」




あたしは立ち止まり、前を歩いていた幸生に懐中電灯を向けた。


「ねぇ、少し休んで――…あれ?」






幸生がいない。






さっきまでそこに、
そう思って懐中電灯をチラチラと動かすと、木に背を預けて踞る幸生の姿があった。

肩は上下に揺れ、俯いている。



「幸生!?」



駆け寄ると、幸生は額や首に汗を浮かべて苦しそうにしていた。



ついさっきまで何でもなかったのに…。










「ねぇ、大丈夫!?」




はぁはぁ、という呼吸を繰り返しながら幸生は頷く。


だけど、あたしには全然大丈夫そうに見えない。



どうしよう…どうしよう…。

怖くて、不安で堪らなかった。




「ねぇ!今日はもう止めよう!戻ろう!」


そう言って、あたしはしゃがみ込む。


幸生は首を横に振った。



「でも。」




言いかけたあたしの腕を掴もうとした幸生の手。


だが、掴めるわけもなく、あたしの腕を通り抜けていった。




ズキン、と痛みを覚える心。




あたしと幸生は別の世界にいる、触れることさえ許されない。


……そんなの、分かってることなのに。