あの夏を生きた君へ









あたしたちは多分、凄く不器用だ。

そして、凄く臆病だ。



自分が傷つきたくないから人を傷つける。



それが違うと分かっていても。





愛美の立場になっていたら、きっとあたしも愛美を裏切っていた。


それが間違っていると知りながら。

きっと流されてた。








友情だとか、親友だとか、
でも目に見えないそれを信じる勇気を、立ち向かう勇気を、あたしたちは持ってなかったんだ。




















もういいや。


もういいやって思う。







だって――…

あたしたちは生きてるから。




生きてるかぎり、また笑い合える日は来ると思うんだ。




















「ちづ、絶対何かあっただろ?」


「何もないって。」



団地の薄暗い階段の途中で、悠はしつこいくらいに聞いてくる。



「だって可笑しいだろ?急に素直になったり…さっきだって、もっとキレるだろ?フツー。」


「何もない、何もない。」


それでも訝しがる悠の視線が痛くて、あたしはさっさと階段を駆け上がる。






「ただいまー。」


玄関の扉を開けて、
次の瞬間、頬に鈍い痛みを感じた。


それと同時に、

バチッ!

という音が響く。


階段の下で悠がギョッとしているのを、あたしは視界の片隅で見た。




一瞬、何が起こったのか分からなかったけど、あたしの目の前にはお母さん。

玄関に涙目で立っていた。



それでお母さんに打たれたのだと、あたしは理解する。











「お母さ――…。」


「どこ行ってたの!?どれだけ心配したと思ってんの!?こんな泥だらけで…怪我してない!?」


言いながら、お母さんはあたしを抱きしめた。



抱きしめられて、お母さんの温もりに目頭が熱くなる。


小さい頃、悠と二人で神社へ行って迷子になった日を思い出した。






「お母さん…ごめんなさい…。」


あたしを抱きしめる腕の力が強くなる。



あたしは、この温もりをちゃんと覚えてる。




それに、匂い。

お母さんの匂いだ。


懐かしくて、温かい。





あたしの頬を涙が流れた。

























【推理】




















出勤前のお父さんにこっぴどく叱られて、あたしはさすがにヘコんでいる。


そして反省…。






あたしを探すのを手伝ってくれたお礼に、とお母さんが言って悠も一緒に朝食を食べた。




食べ終わると、それを待っていたようにお母さんが言った。


「ちづ、どこに行ってたの?」





お母さんは真剣だった。


あたしのことを本当に心配してるのが分かる。











以前のあたしなら、「ウザイ」とか「クソババァ」とか言って逃げてただろう。


面倒くさいって言いながら。

関係ないじゃんって言いながら。




向き合おうともしなかった。






でも、それじゃダメだ。




あたしは、もう知ってしまったから。

家族の大切さを。



それに、あたしに大切なことをたくさん教えてくれた幸生のためにも正直でいたい。


幸生のために、ばあちゃんのために、
出来ることを全力でやりたい。







だって、あたしは二人が大好きだから。













お母さんを見据えて…
ゆっくりと、だけど正直に話した。




もちろん幽霊である幸生のことは言えないけど…。


ばあちゃんの大切なタイムカプセルを探していること、
だから神社へ行ったこと、
そしてあたしの決意。


ばあちゃんにタイムカプセルを見せてあげたい、という気持ち。




お母さん、それから悠も、黙ってあたしの話を聞いていた。




「見つかるかは分かんないけど探したいの!」


最後にそう言うと、お母さんは少し考えてから言った。


「ちづの気持ちは分かった。でも、どうして夜じゃないといけないの?」



うっ…確かに…。

どうしよう…幸生は夜の間しか見えない、
でも、それを言ったら幸生のことを話さなきゃいけない……。












「あのね…色々事情があって……でも、どうしても夜じゃないといけないの!
お母さん!あたし今はまだ全部をちゃんと話せる自信がない。でも!いつか必ず話すから!」


あたしは、お母さんに頭を下げた。


「お願いします!」




お母さんも悠も口を開かない。




誰も見てないテレビは朝のニュースを伝えている。

抑揚のないアナウンサーの声がやけに部屋に響いた。





そして、お母さんの口から溜め息が漏れる。



「ちづ、お母さんが心配してるの分かる?」


あたしは頷く。



「何も疾しいことはないのね?
ばあちゃんにも、私にも胸を張れるのね?」


もう一度、頷く。