あの夏を生きた君へ








「…あたし、絶対見つけるから!宝物見つけてみせるから!」


あたしは涙を拭いながら言った。


どこかでテキトーに考えてた自分を、捨てる。

本気で頑張るから。



「ありがとう。」


彼が笑う、その度にあたしの心は泣きたくなる。



もう、分かっていた。

自分の気持ちを知ってしまう、こんなタイミングで。





「…アンタ、名前は?」


今更な質問だとは思う。
ここまで名前も知らずにいた自分に呆れる。




「ユキオ。」


「え?」


「羽村幸生(ハムラ・ユキオ)。」



初めて聞く名前を、あたしはゆっくりと心の中で呟いてみる。




「『ユキオ』ってどういう字?」


「“幸せに生きる”。」











“幸せに生きる”…。

“幸せに生きる”と書いて、『幸生』。



その名前に込められた思い、願い。


切なすぎる。

じんわりと心に染みて、また涙が零れた。



彼はそれを見て、

「ちづは泣き虫だ。」

と、言って笑う。




その笑顔はキラキラしてて、目が離せなくなる。




あたしは、彼が好きなのだと、実感した。







「…良い名前だね。」



初めて恋に落ちた人とは結ばれない運命なのかもしれない。


あたしは、まるで他人事みたいに、そんなことを思った。

























【本当の気持ち】


















見つからなかった。


あれから一晩中、幸生の曖昧な記憶を頼りにタイムカプセルを探した。

穴を掘っては埋めて、掘っては埋めて。

泥だらけになるまで頑張ったけど、見つからなかった。




まぁ、そんな簡単に見つかるわけないか。

何かヒントでもあればなぁ…。





あたしはめちゃくちゃに疲れてたけど、不思議と嫌な気分じゃない。

朝の空気は澄んでいて清々しいと思うくらいだ。


泣きすぎたせいで目が痛いけど、それも何だか愛しい。



生まれ変わったみたいだ、と思う。

こんなに穏やかな朝があるなんて。



空の色。

陽の光。

鳥のさえずり。

緑の葉っぱ。



昨日までの自分が嘘みたいだ。





あたしは何だか可笑しくなって笑いだす。


ハミングなんかしてみたりして、生きてるってことを楽しんでみようと思う。




楽しんでみたい。













団地近くの公園まで来ると、その公園の中をウロウロとしている悠を見つけた。



こんな朝っぱらから何やってんだ、
と呑気に思ってたら、目が合うなり怖い顔でこちらに突進してくる。


「ちづっ!」


「何!?」


あたしの肩を掴んで、悠は大きな声を上げた。


「どこ行ってたんだ!?このバカ!」


「バカって!何なの!?一体!」



いつものように言い返してやるけど、悠の目があまりにも真剣だったからあたしは口をつぐむ。



すると、悠も少し冷静になったのか、力が抜けたような溜め息を吐いた。

何だか疲れてるように見える。



「…何かあったの?」


悠は頭を掻きながら、

「お前だ、お前。」

と、零す。


「は?」


「探してたんだよ、ずっと。ちづがいなくなったって聞いたから。」



ぽつりぽつりと悠は話し始めた。



「ちづのお父さんが帰ったら、ちづがいないって。夜中になっても帰らないから、俺んとこにも訪ねてきてさ。」



嘘…いつもみたいにお酒飲んで帰ってくるもんだとばかり思ってた…。











「皆で探してたんだよ。ちづのお母さんも、さっき仕事から帰ってきて探してる。」


「大騒ぎになってたり…?」


「…まぁな。」


あー…ヤバい…。

うなだれるあたしに悠は言った。


「どこ行ってたんだよ?」


「あー…色々あって…別に家出とかじゃないから!」


慌てて言うと、悠はあたしをまじまじと見つめて、

「じゃあ遭難?」

なんて言いやがる。



上から下まで泥だらけの状態だからそう思ったのか、冗談のつもりなのかは分からない。

悠は真面目な顔して言うから判断出来ないのだ。



「じゃなくて宝探し。」


「へっ?」


「…いや、何でもない。」


あたしは首を横に振って、それから思い出したように言った。


「…あ、つーかさ…心配かけてゴメン。探してくれて…ありがとう。」


「…………。」



悠は驚いた様子で、あたしを見つめたまま固まってしまった。











「…何?」


「あっ…いや…。」


「何だよ?」


「…ちづが素直だから、びっくりして…。」



何だ、それ。



でも、確かに、「ゴメン」も「ありがとう」も口にしたらむず痒かった。

あまりの言い慣れてなさに、自分でも失笑してしまいそうになる。




「何か変なもんでも食ったのか?急にどうした?」


何だと…。

軽くムカついた。
何て失礼な奴だ、このヤロー…。


「別にっ!そう思ったから言っただけ!」



急に恥ずかしくなってきて逃げるようにスタスタと歩きだすと、悠がそれを呼び止める。


「ちづ、ちょっと待て!」


「なにー?」


「アイツもさ。」


「え?」


アイツ?




「アイツも、ちづのこと探してんだよ。」












その時、後ろに人の気配を感じた。



悠もあたしとほとんど同時に気づいて、そちらに目を向ける。


そして、もう一度、

「アイツだよ。」

と、言った。





そこにいたのは、愛美だった。



気まずそうに、困ったような顔をして立っていた。




「…愛美。」


どうして愛美が…?


あたしの疑問を察したかのように悠が口を開く。


「ちづがいなくなったって聞いて、もしかしたらと思って俺が言ったんだ。
そしたら、自分も探すって。」


「えっ!?」


間抜けな声が飛び出てしまう。

そのくらい、あたしにとっては予想外だったのだ。













「…ちづがいなくなったのは自分のせいだって、思ったらしい。」

悠は、ぼそっと言った。



お祭りの前のことを気にしてたの?


あたしには、愛美の本心が見えない。

愛美は服の裾をぎゅっと握って下を向いていた。



居心地の悪い沈黙があたしたち三人を包む。




そのうち、痺れを切らしたらしい悠が口を開いた。


「言いたいことあるなら言えって。」



それが、あたしに向けられたものなのか、愛美に向けられたものなのかは分からなかった。


愛美はそれでも、俯いたままだ。




いつまでも三人揃って立ち尽くしてんのもどうかと思い、あたしは勇気を出して言った。


「…探してくれたの?」


コクン、と愛美は頷く。



「…そっか。ありがとう。」



すると、愛美は初めて顔を上げた。

その顔は驚いていて、信じられないとでも言いたげな顔をしている。