【最悪のファーストキス】















死にたいと思っていた。


死んでしまいたいと思っていた。


こんな世界なんか滅んでしまえばいい。




この教室に、例えば爆弾が仕掛けられていて、何もかも木っ端微塵に吹っ飛ぶシーンを想像すると笑いが込み上げてくる。


窓際の一番前の席で、
そんなことを考えてるあたしは狂ってるのかな。

いいや、違う。
狂ってるのは、アイツらのほうだ。





「うぉぉ!美季見てたらアソコが痛ぇ!」


「やぁだ!サイテー!」




耳に届くその声に、あたしは眉を寄せる。



「俺のアソコがぁぁ〜!シッコシコー!」


草野は大声で言いながら、わざとらしく悶えて、

「もう〜やぁだぁ〜!」

と言いながらも美季は笑っている。



「草野サイアク!」


「キモい〜!」


女子たちは草野に非難の声を浴びせる。


でも、彼女たちも本気で軽蔑してるふうではなく、笑っていた。



そして、それを草野も分かっている。

分かっているから、さらに調子に乗る。













あたしは騒がしさに苛立ちを覚えながら、机に突っ伏した。




窓から見える空は、どんよりと重そうな曇り空。

まるで、あたしの心みたいだ。





授業と授業の合間の休み時間、あたしにはいつも居場所がない。


一人でポツンと席に座ったまま、時が過ぎるまでじっと耐える。

ほんの数分のことが、永遠のように長く感じられる。



耳を塞ぎ、目を塞ぐことが出来たらどんなにいいだろう。



そうすれば、アイツらの声にいちいち嫌悪感を抱かずに済むし、教室で孤立した自分の惨めさを痛感しないでいられるかも。





時間を潰すために、少しでも可哀相には見えないように、あたしは用もないのにペンケースの中を漁ったり、興味のない数学の教科書をパラパラと捲った。




そうしてまた、机に突っ伏す。





何で、あたしはこんな所にいないといけないの?


何で、あんなヤツらと一緒に、こんな所に…。




バカの一つ覚えみたいに教室の中心で下ネタを叫びまくる男子、
文句を言いながらも楽しそうに盛り上がる女子。


どいつもこいつも気持ち悪い。


人前でするような話じゃねぇだろ。


あたしには頭がイカれた連中としか思えない。












灰色の空を眺めていると、

「クソッ!暑ぃ!」

という声が教室に飛び込んできた。


あたしは反射的に身を固くする。



声の主は高嶋、そしてその後ろには金魚のフンのような久保田も一緒だ。




「説教どうだった?」

と、草野が面白そうに問いかける。


「んぁ?エロ本没収されちった!」

そう答えたのは久保田。




高嶋はといえば、ムスッとしながら適当に近くにあった机に座る。


どうやら機嫌は最悪のようだ。






2年3組、独裁政権。

それを牛耳るクラス1の問題児・高嶋。


女子高生を妊娠させたとか、酔っ払い相手にケンカして半殺しにしたとか、不気味なウワサが付きまとうヤツ。




あたしは、ただ祈った。


不機嫌なヤツの怒りが火の粉となって自分に降り注がないことを。









けれど、その願いは届かなかったようだ。




高嶋と目が合ってしまった。


その瞬間、あたしの心臓は凍りついた。




素早く目を逸らしたが、高嶋の突き刺すような視線を感じる。



耐えられなくなって机に突っ伏すと、高嶋の大きな声が響いた。





「睨んでんじゃねぇよっ!ブス!!」





シンと静まり返る教室。




もう、顔を上げられない。


状況を把握するには耳だけが頼りだった。


けれど、聞こえてくるのはボソボソとした話し声。


絶対にあたしのことを言ってるんだ。

そう思うと、自分の呼吸が荒くなってくるのが分かる。



ガタガタと震えだしてしまいそうな身体を押さえ込んで、あたしはガムシャラに願った。


早くチャイムが鳴ってほしい。


早く、教室に先生が入ってきて。

やる気も熱意もないハゲ散らかした数学教師でもいないよりはマシだ。





だが、しかし、あたしの席へと近づいてくる大袈裟なくらい煩い足音は確実に高嶋、久保田のものだ。


それは、まるで死刑宣告のようだった。













「きっも!」


あたしの頭上から降る声は高嶋だ。


静けさが包む教室に、数人の女子のあたしを嘲笑う声が漏れた。




「コイツ、終わってんじゃね?」


「つか、死んでんじゃね?」



背筋を冷たい汗が這う。


生きた心地がしない。

あたしは、蛇に睨まれたカエルだ。




身動き一つせず、何のリアクションもないあたしに苛立ったのか、久保田が怒鳴った。


「オイッ!ブス!聞いてんのかよっ!?」


同時に、あたしの机は蹴り上げられ、どこからともなく「キャー!」という悲鳴が上がる。


机は、あたしの額にぶつかって、派手な音を立てて転がった。


しかし、痛みよりもあたしを支配していたのは純粋な恐怖だ。



彼らとの間に、もうあたしを守るものはない。




顔を上げると、鋭い目つきの高嶋と、ニヤニヤと笑う久保田がいる。