いや、浮いたんじゃない。
抱き寄せられたんだ。
腰に回された手の感覚、
それに覚えがあった。
「気安く触んな、オッサン。」
耳元で聞く声は、いつもより低く冷たい。
皮肉めいた口調の、
佐倉くんの顔は私からは見えない。
「君っ!一体何なんだ…!?」
江古田さんの額から一気に吹き出す汗。
「彼女は俺の大切な人だから。アンタが簡単に触れていい女じゃねぇんだよ。」
吐き捨てるように言って、そのまま私の手をひいていく。
佐倉くんの手は温かいというより熱かった。
その熱は、酷く安心する。
スタスタと、私のペースなんか無視して歩いていく。
佐倉くんの背中は、ガキなんかじゃなかった。
男の、背中だった。
「…っ佐倉、くん…っ。」
何も答えない佐倉くんは、怒っているようにも見えた。
人の波を掻き分けて突き進む。
どこまでも、どこまでも。
吐く息は白く染まり、寒い夜なのに。
繋がれた手は、熱い。