* * *――…
一週間ぶりにハピーズ飯崎店に出勤すると、山崎くんがこんなことを言い出した。
「芳乃さんが南沢町店に行ってる間に、佐倉の歓迎会やっちゃったんスよ〜。」
「そう。」
遅番で一緒になった山崎くんと佐倉くん。
本日も奇抜な服を身に纏った山崎くんは、そのチャラさを惜しむことなく見せてくれる。
「かなり盛り上がりましたよ〜!」
私はニコリと微笑む。
どうせ二次会はカラオケに行って、チャラ度MAXの合いの手を披露したんだろう?山崎くん。
「それでっ!芳乃さん!」
「ん?」
「今日は、俺と佐倉と芳乃さんでプチ歓迎会やっちゃいましょうよっ!」
「えっ?」
「グイッとウマい酒飲みまショっ!」
「…山崎くん、店長の私に奢ってもらいたいだけでしょ?」
「バレました?」
……このチャラ男め。
そして、今に至る……。
ハピーズ飯崎店から目と鼻の先、
居酒屋『子桃』に私はいた。
ガテン系のお兄さんたちで賑わうような、女子一人では入りにくい雰囲気の居酒屋だ(私は平然と一人で行くが)。
「俺!ビールぅ♪芳乃さんもビールっすよねぇ〜?」
「私、今日車だし。ってか、山崎くんも車でしょ?」
「俺は代行頼みま〜す!
マスター!芳乃さんの車よろしくぅ〜☆」
「なっ!?」
「明日は電車で出勤しましょうね〜芳乃さん!」
常連だから、『子桃』のマスターとも顔馴染み。
お酒を飲んでしまう時は、そのまま駐車場で車を預かってもらうこともある。
「佐倉は?」
「ノンアルコールで。」
「はぁ?何でぇ〜!?」
「車だからだよ、アホ。」
「アホ言うなっ!」
私が南沢町店に行っていた一週間の間に、この二人はすっかり打ち解けたらしい。
まぁ同じ大学生、同じ歳だもんね。
大好物のビールを目の前にして、この私が我慢できるはずもなかった。
ゴクッ、ゴクッと飲みだすと、
「よっ!酒豪店長!」
と別に嬉しくもない事を山崎くんは言ってくれる。
テーブルを挟んだ向かいの席で、ケラケラと笑いながら一人ハシャいでいた。
一方で、隣同士に座った私と佐倉くんの間を流れる気まずい空気。
仕事なら未だしも、私はあのキスを悔しいけど気にしていたから。
こういうプライベートで何を話したらいいのやら。
けれど、佐倉くんは涼しい顔をしていて――それに、なぜだか腹が立つ。
意識してるのは私だけか、そう思うと胸の奥がズキリと痛んだ。
何も知らない山崎くんは、
よく食べ、よく飲み、よく喋った。
その話題のほとんどは恋愛について。
「好きなんスよぉ〜!
もうっ!俺、マリちゃん大好きなんスよぉ〜〜!!」
ぐでんぐでんになって絡む、
酒の力を借りて本人のいないところで告白とは。
「でも、マリちゃんって彼氏いるでしょ。
確か…タッくんだっけ?ほら、店にも来たことあったじゃない?長身でロン毛で色黒の。」
マリちゃんの彼氏はワイルド系だったなぁ。
野性的な感じっていうか。
「…どーせ俺はチビですよっ!」
拗ねたのか?拗ねたのか?………拗ねたんだな。
「…俺、マリちゃんはマジなんです。」
酔っ払った山崎くんから何度も聞いてきたセリフ、「マジなんです。」。
どうやら、山崎くんは気づいていないらしい。
女の目線から見ると、分かることがある。
マリちゃんは山崎くんの気持ちに気づいてる、
気づいてて相手にしていないんだ。
とゆーか、むしろ手のひらで上手く転がしている。
「芳乃さん、俺どうしたらいいっすか?」
「へっ?」
「これ、マジな恋愛相談!
経験豊富な大人の女から見て、告ってイケると思いますか?」
身を乗り出して問う山崎くん、その瞳はいつになく真剣。
……でもさ。
私に聞くなよぉぉーー!!
恋愛したことないヤツに恋愛相談するなっ!
“経験豊富”じゃねぇーし!!
恋愛のことなんか……こっちが聞きたいわっ!!
何も言えずに戸惑っていると、私の隣で佐倉くんが笑う。
クックックッと喉の奥から、声を殺すように。
……やっぱり、この子性格悪いよね?!!
事情を知ってて、私が何て答えるか楽しんでるんだ。
「え、えーと…。」
山崎くんは期待を込めて、私に熱い視線を送る。
「そ、そうだなぁ…。」
ちらりと、佐倉くんを見る。
ここはもう、性悪な年下オトコに頼るしかない。
情けないけど。
視線だけが交わる私たち。
横顔の佐倉くんは、声には出さず口だけを動かした。
「(「助けてください」、は?)」
目を細めて微笑する、
それを見て私は思い切り舌打ちでもしたくなった。
完っ全にナメられてる!
私の方が年上なのに……私、一応店長なのにぃ!!
「…た……。」
言うしかない……か。
「助けてくださぁいーーっ!!」
響き渡った私の大声。
店内はシンと静まり返って、誰もが私に注目している。
「……え?」
目の前には、驚いて呆然としている山崎くん。
まるでハトが豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
佐倉くんは……堪えられないとでも言うように声を上げて笑いだした。
「芳乃さん…実は天然でしょ?大声で言うって…。」
腹を抱えて笑う佐倉くんを見ているうちに、私の顔に集まりだす熱。
は、恥ずかしっ!!
恥ずかしすぎる!!
私はビールをゴクゴクと飲み干した。
もう今日は飲むぞっ!!
飲んでやるぞぉぉ!!
「芳乃さん、大丈夫ですか?」
「ん〜〜…。」
飲むだけ飲んだ私は……完全に酔い潰れていた。
視界と身体が何だかふわふわして、誰かの声も遠い。
「歩けますか?」
「えぇ〜〜?」
重い瞼を開けると、綺麗な顔をした男のコが私を覗き込んでいる。
あれぇ……このコ、誰だっけ?
……確か…サク?
「送りますよ。山崎も代行で帰ったし。」
「んーー…あぁ!サクラぁぁーー!!」
「え?」
そうだ、このコはサクラくんだ。
キャッキャッと笑う私に美男子・サクラくんは微笑みかける。
支えられて、『子桃』を後にする。
外に出ると、ひんやりと冷たい風に包まれた。
「サ〜ク〜ラぁ〜Hey!サ〜ク〜ラぁ〜Hey!」
気分良く口ずさむヘンテコな歌。
腰に回された手は、
私をしっかりと支える。
「乗ってください。」
車の助手席のドアを開けたサクラくん。
「なぁに?なぁに?けっこうイイ車乗ってんじゃ〜ん。」
漆黒に輝く車の助手席に、傾れ込む。
まるで膜が張っているみたい、目の前がぼやけていた。
飲み過ぎた私に、エンジンをかけながらサクラくんが言う。
「飲むだけ飲んで、最後には眠くなるって。けっこうタチ悪いっすね。」
「キミに言われたくないよ!この二重人格!性悪オトコ!」
私の文句もまるで気にせず、サクラくんは微笑する。
「だって、芳乃さんイジメるの面白いから。」
悪びれもせずに言って、イタズラっぽく笑う。
その発言に憤慨した私を乗せて、車は走りだした。
「芳乃さん。」
「…何よ。」
白く曇る窓ガラス。
その向こうで煌めく街明かりが滲んで見える。
「いきなりキスしたこと、反省してます。すみませんでした。」
「…………。」
今さら。
謝るくらいなら最初から……なんで、キスなんか。
「少し、からかうだけのつもりでした。……俺、悔しかったんです。世の中ナメてるような自分をつかれて。」
「…………。」
「でも、怒られたとき嬉しかったりもして。
“仕事ナメんなっ!!”って、この人は本気でぶつかってくれてんだって。」
急に真面目な話をするから、酔いが次第に覚めてきたような気がしていた。
どうしてだろう。
佐倉くんの方を見れない。
「それから、ありがとうございました。
お客さん怒らせた時、俺の甘えた考えのせいなのに頭下げてくれて。すみませんでした。」
爽やかな好青年はときどき不真面目で、きっと人よりあまのじゃく。
酷く素直な佐倉くんは、何だかむず痒い。