『ならいいんだけど…ちゃんと食べてるの?』
「食べてるよ。」
『もう、芳乃も落ちついてくれればね、こんな心配しないのに。』
お決まりの話題がやってきて、思わず舌打ちでもしたい気分になった。
『この間、酒屋の緑ちゃんに会ったのよ。ほら、アンタ同級生だったでしょう?
結婚してね、もうすぐ赤ちゃんも生まれるんですって。
従兄弟の優子ちゃんだって、もう二人目が生まれるのよ〜。アンタより年下なのに。』
私のことを名前でなく“アンタ”と呼ぶ、
ヒートアップした時の母の癖だ。
「はい、はい。」
気のない返事をすると、母は大袈裟な溜め息を零した。
溜め息を吐きたいのは、こっちだ。
『そろそろ母さんも、父さんだって、孫の顔が見たいわ。』
「私じゃなくて菫(スミレ)に期待したら?」
『…菫よりアンタの方がまだ望みはあるわよ。』
現在22歳、妹の菫はとことん自由奔放で勝手気ままな妹だった。
一般庶民の中でも中の下くらい…つまり、なかなかの貧乏だった我が家で、妹は小さい頃から少し変わっていた。
その変わり者ぶりが才能だと気づいたのは、だいぶ後になってから。