「芳乃、さん…。」
それが合図だったかのように、ハッとした。
自分の行動が信じられず、急激に恥ずかしくなった。
「何でも、ないっ。」
逃げ出そうとした私の腕を、佐倉くんはがっちりと掴む。
掴まれた場所が熱くて、私は眩暈を感じた。
強引に引っ張られて、再び佐倉くんと向き直る。
目が合うと、どうしようもなくなって逸らした。
顔に熱が集まりだして、息苦しくて。
切羽詰まったような、
焦りにも似た心細さ。
「芳乃さん…。」
零すように、
まるでそれが特別な何かであるかのように私の名前を呼んだ。
掴まれた場所に、
声に、息遣いや匂いに、
私の神経の全てが集中する。
「わ、たし…。」
「芳乃さん…。
俺、いまキスしたいって思ってる。
…嫌なら拒んで。今なら逃がしてあげる。」
見上げれば、佐倉くんの熱っぽい視線とぶつかった。
…逃げられるわけがない。
もう、指先の一つだって動かせやしなかった。