「何だ?緊張してんのか?」



壱は意地悪そうな笑みを浮かべる。



「…うるせぇ。」


あながち間違ってもいないから、そんな反論しか出来ない。



自分の頼りない足元を見下ろして、俺は目を伏せた。







それぞれの場所へ、
それぞれの目的を持って突き進む人たちを前に、俺はどうしていいか分からない。




愛想、なんて言われても、自分が無愛想なことなんて百も承知だ。








その時、まるで始まりの合図のように、壱がギターを奏でた。


ジャン、と力強い音。




俺は壱に視線を向ける。


しかし、壱は通り過ぎる人々を見つめていた。






「千早だけじゃねぇよ。」


「…………。」


「俺も緊張してる。――けど、ワクワクしてる。」


「…………。」


「安心しろ。俺が合わせてやるから。」


「…合わせたのなんて、一回だけだろ。」


「それでも、合わせてやるよ。俺は3年も前から千早の歌声に惚れてるんだ。」


「…………。」


「だから、千早は楽しめばいい。」





そう言って、壱が俺に向けた眼差しがあまりにも優しかったから、俺はなぜか酷く安心してしまった。





あ、大丈夫だ、って。――そう、思えたんだ。