姫とギター〜麗しき美男子の城〜








「…壱。」


「ん?」


「…一回しか言わねぇから、よく聞けよ。」


「?」


「……初恋だなんて言ったら笑うか?」


「…そ、それって――。」





壱の言葉を聞かず、壱の横を擦り抜けた。








闇に包まれていたステージに落ちる光。




沸き上がる歓声。







「千早!それって!!」





俺の後を追いかける壱の声は、聞こえないふり。







顔が熱くてどうにかなりそうなのは、
きっと照明のせい。








































――唄うよ、俺は。





大地に根を張って枯れないように。


あの不器用で真っすぐな青空が、
そこにあるなら。
































落下する光を身に纏う。







フードを目深に被った俺は、スタンドマイクの前に立つ。





壱が掻き鳴らすギターが始まりの合図を告げる。




俺は、顔を上げた。



























【空に唄えば】


咲き誇れ、叫ぶように――…。














「それではぁ!『Baby Apartment』ライブ打ち上げと、香住の送別会にカンパーイ!!」





梓月の掛け声とともに、グラスとグラスが擦れ合う音が鳴り響いた。



バルコニーに集合した俺たちを包む香ばしい匂いと白煙。








「これが、ばーべきゅーかぁ…。」



千早は瞳をキラキラと輝かせる。





網の上には、肉に魚介に野菜。


鉄板の上には、香住が調理中の焼きそば。




そして、パァンと花火が夜空を彩った。





「あ〜そういえば今日って夏祭りだったねぇ〜。」


もうすでに、ほろ酔い気味のリョウが呟く。




「バーベキューに花火!最高じゃん!」


頭にタオルを巻いて、Tシャツの袖を捲った梓月は嬉しそうに言って、肉に噛りついた。










いくつもの花火が夜空に咲いていく。





その光景を、千早はただじっと見上げていた。


メシに手をつけることも忘れて。







「…綺麗だな。」


「…あぁ。」






花火の輝き、
その真下に煌びやかな街明かり。

















「もう、夏も終わるんだな…。」




独り言のように千早が呟く。




花火に照らされたその横顔があまりにも綺麗で――俺は息を呑んだ。



思わず抱きしめたくなった時、

「壱。」

と俺の名を呼んだ千早。





抱きしめようとした手は、空中を彷徨う。












「俺のこと、いつも見てろよ。」


「え?」


「――それで、ちゃんと捕まえておいて。」






俺の心を破壊するには充分すぎる言葉と一緒に、千早は小さく笑った。





「…ヤダっつっても離さねぇぞ?」















千早は呟いた。


でも、それは打ち上がる花火の音に掻き消された。

掻き消されたけど、
千早の唇は確かにそう言っていた。












「(いいよ。)」












その瞬間、もう止められなくなった。





愛しさが込み上げ、理性が吹き飛ぶ。










俺は、ほとんど強引に千早の腕を引いて、唇を重ねた。




パァン、とまた夜空から花開いた音が聞こえる。







唇を離すと、目を見開いた千早。




まだ唇が触れてしまいそうな距離で、俺は言った。















「…やっと、捕まえた。」










凶暴な歌姫が呆然としているうちに、もう一度口付ける。







千早の手が――俺の背中を抱くように触れた。




















「あぁーー!!!」




その声にハッとして、
我に返れば、俺と千早に集中する視線。



「何で!?何で!?何でチューしてんの〜!?ボク、まだ告白もしてないのに〜!!」




リョウが叫んで、俺はすっかりコイツらの存在を忘れていた自分に気づいた。





梓月は千早の肩をガシッと抱いて、「消毒しよう!」なんて言いやがる。




「千早!壱は止めとけ!コイツは爽やか好青年風だけどな、中身はただの童貞――!!痛っ!!」


梓月と千早を引き剥がし、梓月を殴る。




「俺は童貞じゃねぇ!」


「うるせーっ!童貞ヤロー!!」








カチン、ときた。







「テメェ…必殺・顔面便器の刑くらいてぇのか?」





そう言った途端、梓月の顔は真っ青になった。










「千早くん、壱はドSを越えた鬼畜ですよ?僕にしておきましょう?」



穏やかに笑って香住が言った。


「テメェは変態だろっ!!」






俺のツッコミも虚しく、リョウはまだ騒いでいる。



「何でこれだけの美男子が揃っててわざわざイッチーなの〜!?」


「わざわざってどういう意味だ!?」





あ〜クソっ!どいつもこいつも……。










うなだれる俺の肩に、香住が手を置いた。
















「壱、これでHAPPY ENDだなんて思わないでくださいね。」


「あっ!?」


「壱だけじゃないって事ですよ。
ここの住人は揃いも揃って諦めが悪いんです。
夢と同じ――追いかけるのは、得意なんです。」




余裕たっぷりの香住に、
俺は白目でも剥きたい気分になった。








千早に視線をやれば、梓月とリョウに囲まれて楽しそうに笑い合っていた。

















夢も、恋も、まだ道の途中ってか?






















上等じゃねぇか。




































――ここは、麗しき美男子の城。





夜空に咲き誇る花火が、

白亜の壁に凭れたギターを照らしていた。