「初恋だって言ったら笑うか?」
「笑うね。」
そう言って、クスリと千早が笑った。
毒舌上等――。
持っていた黒い傘を、千早は俺に傾けた。
救いようのない程ずぶ濡れになっているから今更だ、
俺はフッと笑った。
「曲が出来たんだ。――俺たちの曲だ。」
千早が俺を見つめる。
「千早、帰ろう。
あの家は、千早の居場所だから。」
黙って俯いた千早。
頷くかわりに、俺の手を握った。
その手を握り返す。
返事は、これで充分だ。
「仲直りは出来たかぁ?」
後ろから投げられた声に振り向くと、そこにはシゲさんがいた。
いつの間に、いたんだろう。
以前と変わらないでっぷりとした腹を抱えて、透明のビニール傘をさしている。
傘には、やっぱり穴が開いている。
シゲさんの問いに、千早は黙って頷いた。
「そりゃあ良かった。」
人の良い笑顔で笑うシゲさんは、俺と目を合わせて口を開く。
「おい!兄ちゃんっ!」
「はい!」
「千早を、よろしく頼む!」
シゲさんの目は真剣だった。
その時、俺は何となく、
シゲさんは千早が女だと知っていたんじゃないか、と思った。
まるで娘を見送る父のような、真剣な目をしていた。
シゲさんは被っていたキャップを取り、深々と頭を下げる。
俺も「はい。」と返事をして、頭を下げた。
シゲさんも、
千早を心配して大切に思っている。