「すみません。」
雑踏の中で綺麗なお姉さんとぶつかってしまった。
軽く頭を下げる。
が、しかしお姉さんは不快そうに顔をしかめて立ち去っていった。
無理もねぇか。
フードを目深に被った俺は、埃と泥に塗れていて汚い。
両手いっぱいに持ったいくつかの紙袋でさえ薄汚れている。
擦れ違う奴らは、俺を見て見ぬふり。
金持ってそうなマダムの集団は、指をさして笑っている。
突き刺さる冷たい視線を気にするでもなく、
俺は自分のスニーカーを見つめた。
それは、別れ際にシゲさんがくれた物だ。
右と左でバラバラの色と形。
靴底は擦り切れてボロボロで、ぺったんこだ。
徹夜でゴミ捨て場を漁って、俺にくれたスニーカー。
同じ公園で生活をしていたホームレス仲間のシゲさんは、まるで親父のような人だった。
(俺は父親なんてもんに縁はねぇけど。)
毎年、ラジオで紅白を聞くことを楽しみにしている、
そして長年の不摂生で肝臓を悪くしている。
酒好きで、煙草好きで、でっぷりと太った気のいいおっさんだ。
「シゲさん。俺、この靴大事にするよ。……あんま飲み過ぎんなよ。」
「うるせぇ。ガキに言われる筋合いねぇや。」
シゲさんはそう言いながらも目に涙をためていた。
「千早(ちはや)はまだ若けぇから。俺にゃ、もう無理だけどな。
おめぇは頑張って、夢叶えんだぞ!」
腐りかけの弁当食って二人揃って腹を壊した事も、
ブルーシートで作った家を台風から守った事も、
今はすげぇ楽しかったって思うよ。