家の玄関のドアを開けた途端、バタバタと走ってくる足音が聞こえた。
「千早っ!」
余裕をなくした様子で、壱が駆けてくる。
何事かと思った。
「お前!どこ行ってたんだっ!?」
千早の肩を掴むと、真剣な面持ちで尋ねる。
「どこって…梓月の舞台見に行ってたんだよ。」
それを聞くと、壱は安堵したように表情を緩める。
「よかった…。」
「何だよ?」
「……香住が、バイトに行ったまま帰ってこねぇって言うからさ。少しな…。」
壱は、そこまで言って口を閉ざした。
そのまま、ごく自然に千早の手を取って「香住!千早、帰ってきたぞ!」と、声を上げる。
壱には、まるで俺が見えていないようだった。
『少しな…心配した。』
壱が言おうとした言葉は、多分それだ。
普段クールというか、
あまり感情を表に出さない壱の慌てぶりを、俺は初めて見た。
あんな顔を初めて見た。
なぜか分からないが、それが無性に腹が立った。
リビングに行くと、俺の腹立たしさは更に増す。
「夕食、温め直しますね。」、と香住が笑いかける。
「千早♪一緒にテレビ見よっ!」、とリョウが天使の微笑みを向ける。
イライラする。
どうしようもなく。
壱も、香住も、リョウも、千早の帰りを待っていた。
壱の切羽詰まった表情も、
香住の笑顔も、
リョウの微笑みも、
気に食わない。
身勝手な嫉妬だ、と分かってる。
それでも、だ。
俺の本能が叫ぶ。
千早が好きだ、と。
千早を誰にも取られたくない、と。
いつまでも立ち尽くしている俺を、千早は不思議そうに見つめた。
「梓月?どうした?」
千早の瞳に、俺はどんなふうに映ってるんだろう――。
「梓月?」
男だとか、女だとか。
そんなもん、もう、どうだっていい。
俺の本能が叫ぶなら――それが全てだ。
「千早。」
自分でも驚くほど、はっきりとした声が出た。
不自然な俺の様子に、壱たちの視線が集まる。
「俺は――。」
誰にも取られたくない。
壱にも、
香住にも、
リョウにも――渡したくない。
「俺は、千早が好きだ。」
千早は目を丸くする。
時間が止まったかのように、誰一人動かない。
「好きなんだ。」
俺の本能が千早を好きだと叫ぶなら、
ゲイでもホモでもなってやる――…。
*小悪魔ホストのご乱心*
― by リョウ ―
Hi!キュートな乙女のミンナ♪
ボクは美しすぎるホスト、安達リョウだよ☆
今日はミンナに『Baby Apartment』で暮らすボクらの日常を紹介するネ!
まずは、朝の風景から〜☆
ボクがホストの仕事を終えて帰ってくる頃、
みんなは起きてカスミが作った朝食を食べていたりする。
「ただいま〜。」
「おかえりなさい。」
ニコッと、朝から優しい笑顔で迎えてくれるカスミ。
きっと女の子なら、いい奥さんになるヨ!
料理上手だし、癒し系だしね!
ボクは基本的に朝食は食べない。
昼夜逆転した生活だし、
何より仕事の疲労で、そのままソファーに身体を投げ出す。
クッションに顔を埋めて目を閉じた。
着替えなきゃ。
シャワーを浴びて、それから寝ようかな、なんて思っている時にボクは気づく。
リビングには全員揃ってる。
なのに、嫌に静かだった。
いつもなら梓月の騒がしい声が聞こえるのに。
ボクは瞼を開けて、テーブルを囲んでいるみんなの様子を窺ってみた。
それぞれが立てる食器の擦れ合う音、
テレビのニュース番組から女性アナウンサーの明るい声、
でも、みんなは不自然なほどに押し黙っていた。
梓月にいたっては終始俯いてるし…。
何となく漂うギクシャクとした空気。
――まぁ、無理もないか。
みんなが気にしてるのは、昨日の梓月の爆弾告白。
あの後、すぐに仕事に行ったボクは、みんながどんな一夜を過ごしたのかは知らない。
でも、この調子だと気まずい夜であったのは間違いないだろう――(笑)。
ボクは今さら驚かなかったけどネ。
梓月の、千早に対する態度は分かりやすくて。
あぁ、やっぱりかってカンジ?
梓月が千早を好きになるのも無理ないと思うんだ。
確かに男にしとくのは勿体ないくらい千早は可愛いし、中性的な魅力っていうのかなぁ。
…――千早はどう思ってるんだろう。
ていうか、イッチーはこのままでいいのかなぁ?
カスミは?
「台風が接近してるんですね。」
沈黙の中で、カスミが呟いた。
丁度、テレビの天気予報で、それを伝えている。
窓の向こうに広がる空は、どんよりと重く曇っていた。
「壱も、千早くんも、今日はこれからアルバイトですか?」
カスミの問いに二人は「あぁ。」、と揃って答える。
「梓月は?」
「…今日も公演。」
「リョウは?」
「ボクは休みだよ。」
「そうですか。
実は出版社で打ち合わせがあるんです。遅くなると思いますから、夕食はそれぞれにお願いしますね。」
「は〜い♪」
返事をしたのは、ボクだけ。
相変わらず可笑しな空気が流れていて、何だかツマラナイ。
ボクは諦めてシャワーへと向かった。
あーぁ、何かやんなっちゃうな。
ベッドの中で、目を閉じて雨音を聞く。
広い家の中は静けさに包まれていて、
それはボクしかいないせいだ、とぼんやりと思った。
こういう日は、自分だけが閉じ込められたような感覚になる。
この家の中に。
雨によって、外の世界と遮断されたような。
少しずつ眠気が襲ってきて、ボクはゆっくりと意識を手放した――。